2014年09月27日

宇沢弘文氏 死去 自動車の社会的費用

 経済学者の宇沢弘文氏死去のニュースが新聞に掲載された。
 
 「自動車の社会的費用」の著者であることも紹介されているが、内容の説明がおかしい。
 「自動車公害の構造を分析した」とあるが、ちょっと違和感がある。広く自動車の社会的影響を論じた本である。

 まえがきの一部を紹介したい。
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 日本における自動車通行の特徴を一言にいえば、人々の市民的権利を侵害するようなかたちで自動車通行が社会的に認められ、許されているということである。ところが、自動車通行にかぎらず、すべての経済活動は多かれ少なかれ、他人の人々の市民的権利になんらかの意味で抵触せざるをえないのが現状である。このことは、産業公害の例を出すまでもないことであろう。ところが、経済活動にともなって発生する社会的費用を十分に内部化することなく、第三者、とくに低所得者層に大きく負担を転嫁するようなかたちで処理してきたのが、戦後日本経済の高度成長の過程の一つの特徴でもあるということができる。そして、自動車はまさにそのもっとも象徴的な例であるということができる。
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 「自動車の社会的費用」の内容を一言で言えば、自動車利用者が自動車の運行に必要なすべての費用を負担していないと主張しているのだ。
 諸外国と日本の交通政策の違いを述べて、日本の自動車交通の問題をあぶり出しているのである。
 道路を建設・管理することはもちろん、安全運行に要するすべての費用、自動車交通が負担をかけている警察・消防・救急にかかる費用、公共交通への影響、交通事故による人命と健康の喪失、そして環境負荷、環境対策などのすべてを自動車利用者は負担していないと批判しているのだ。
 自動車公害、環境負荷についてはその一部分でしかない。
 特に自家用車について、税負担だけではとても自動車を広く運行する費用を負担していないとし、 「マイカー」という言葉の持つ意味を醜悪的と批判し、マイカーは所有者以外には一切の利益を生じさせることなく外部に負担だけをかけている、マイカー所有者以外にはまったく何の役にも立たない迷惑だけをかけている存在だと否定しているのである。
 自動車交通の中でも、自家用車を所有していないが間接的には利益を得るトラック貨物輸送とも経済的関係を比較して、自家用車がどれだけ社会に負担を強いているかの問題を追及、批判しているのだ。
 単に自動車公害とか環境問題の内容なんかでは決してない。

 どうもマスコミさんは自動車を悪者にはしたくないようで、そういう書き方を意図的にするのか、それとも本を読んでいないのか。日本社会と経済にとって、自動車メーカーを敵にはできませんものね。日本人の多くもこの本の内容を理解したくもないようで、誤報とまでは言えないが、どうもマスコミは正直に内容を紹介したくないのではないかと勘ぐりたくなる。

  政治家は人気取りだけのために、広く集めた国民の税金を使って財源限定で高速料金を割引、無料実験を実施した。恩恵を受けたのはまさに、自動車利用者のみである。広く国民すべてが恩恵は受けていない。自家用車利用者のみが恩恵を受けた、極めて不公平な施策であった。


 自動車関連団体は、いつまでも自動車関連の税負担が重すぎると声高に主張する。
 「自動車の社会的費用」を熟読してから言ってほしい。
  

Posted by よっぱらいくま at 16:59Comments(0)TrackBack(0)政治・社会

2014年09月27日

吉田調書を読んで

 朝日新聞の捏造報道をきっかけに公開された、福島原発事故の顛末を語った吉田調書の詳細な内容が新聞に掲載されました。
 それを読んで感じたのは、東電上層部と官邸・政治家の情けない行動と、現場の死闘でした。

 最近読んだ交通新聞社新書から出ている「青函トンネル物語」(2013年6月発行)という本の中に、こんなことが書いてありました。
 青函トンネル工事中の作業坑大出水事故に対応する鉄道建設公団幹部のやりとりです。
 少し長くなりますが、要旨を紹介します。


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公団本社午後4時
 本社にいた局長の藤田(青函建設局長)は落ち着かない様子だった。本社の海峡線課では係長が中心となって現地からの情報をまとめていた。秘書室に持田次長から電話があった。
「出水が増えています。局長、帰ってください」
 受話器から流れる持田の声は、いつもとまったく調子がちがっている。朝からの不安が現実となったのか、頭がカッとして体が熱くなるのを覚えた藤田は、落ち着けと肝に銘じた。
「(出水は)何トン位だ」
「わかりませんが(毎分)30トンはオーバーしています。今、バルクヘッドで防いでいますが」
「何としても、・・・水門扉を早く閉じて防げ。先進導坑は必ず守れよ」
 藤田は声を荒げて次々と指示する。
「局に対策本部を設けて、君が本部長になれ。吉岡(現地)には行くな。移動すると2時間の空白が心配だ。いいか。局を動くでないぞ」
 持田に伝え終えると、藤田は受話器を静かに置いた。声が大きくなり、秘書室の人達が心配そうに眺めていた。藤田は照れ隠しに「ありがとう」と言って、秘書室を出て行った。
 秘書室を出た藤田は、すぐ篠原総裁に報告して、「函館に帰ります」と告げたところ、「千歳廻りで帰ったら」と言われた。時計を見ると、函館行き最終便が羽田を飛び立つ時刻だった。
「現地は混乱しており、局長が深夜、千歳へ着けば余計な手数を煩わすので列車で帰ります。私が早く着いても。津軽海峡の水を止めるわけでもないですから」
 篠原は苦笑しながら、「何かやってほしいことはあるか」と言った。
 大変に心強い言葉に、ありがたいと思った藤田は、「お願いは、どうか直接、総裁から私に電話をかけないで下さい。私は局で指揮をとります。現地の細かい事情のわからないのは総裁と同じです。わからない者同士の話はロクなことになりません。正式ルートで報告させますし、必要な時は、私から電話を差し上げますから、わがままと思いますがお願いします」
 深々と頭を下げて部屋を出ようとすると、篠原は黙ったまま立ち上がり、藤田の肩をボンとたたいて「頼むよ」と言った。藤田は総裁の顔をジッと見たまま返事をせずに黙って、もう一度頭を下げて部屋を去った。
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 この話しを、原発事故対応にあたる現地の吉田所長と幹部たち、東電本社の幹部たち、そして官邸の政府首脳たちに置き換えて考えました。

 日本国のトップである菅首相は、パニクって何も考えずに翌日ヘリコプターで早朝に現地に行った。そのためにどれだけの人材が無駄に動員されることになったことか。そしてなにやらわめき散らしただけで帰った。結果は、吉田調書曰く、「何か怒っている様子だったが、何を言っているのかよくわからなかった」
 藤田は次長の持田に決して局から動くなと指示した。総裁に報告し最速で帰れる千歳行きの飛行機に乗ることを提案されるも、「深夜に千歳に着いても迎えの手間を現場にかけるから列車で帰る、私が早く帰っても状況がよくなるものではない」と、判断します。

 菅は自ら東電本社に怒鳴り込み、ただ怒鳴り散らし、罵倒した。
 総裁は「何かやってほしいことはあるか」と局長に、一言だけ言う。
 藤田局長は、電話を直接しないでほしい、局で指揮をとる私も細かい現地事情がわからないのは同じ、わからない者同士の話しはロクなことになりません、と応える。
 この言葉こそ、今回の福島原発事故の対応と対極をなすものではないでしょうか。
 東電本社と官邸が、現地のことをロクにわかっていないのに的確な助言はなしに勝手な指示命令を出し、海水注入の中断の指示を出した。
 わからない者同士が勝手に暴走して、全員撤退という話しが拡散していった。
 まさに、「わからない者同士の話しはロクなことになりません」ということにまったく気づいていなかった。

 菅は発災の翌日に現地にヘリで飛んだ。現地の手を煩わすという気遣い、トップが本部不在となること、首相が現地に行ったって何も状況がよくなるものでもないこと、それらすべての問題点が菅はまったくわかっていない。藤田の言葉とはまさしく正反対の行動をとっています。

 総裁は最後に、ポンと肩をたたいて一言「頼むよ」とだけ言います。
 この鉄道公団幹部の一連の会話で読み取れるのは、総裁は局長を信頼していること、上層部は落ちついて冷静な行動を取ることが大事であり、ただやみくもに1分1秒でも早く現地に行くことよりも大事なことがあるということ、局長も現地で死にものぐるいで動いている現地の部下たちを信頼しているということが、総裁と局長の言葉から読み取れます。

 「青函トンネル物語」の題名どおり、多少の脚色はあるだろうが、当時の鉄道公団はこうして青函トンネル水没の危機から脱出しました。

 現代の社会、組織はどうでしょうか。何かあればトップがしゃしゃり出てきて現場を混乱させる。部下を信用していない。何かと言えばトップダウンだとぬかす。
 ブラックと呼ばれる民間会社なんか特にそうだし、政治家も首長も役所も同じ、そんな傾向にあります。
 菅がまさに悪例だし、橋下とか河村とかも同類でしょう。民主党も幼な過ぎた。自民党議員だって同じだ。威張り散らし官僚や現場を混乱させる勘違い議員は多数います。
 「ボクが出て行かなければダメだ」なんていつも橋下は言い職員を信用しない。そのくせ災害が起こっている最中に自宅でツイッター三昧がばれると、「ボクが行かなくても電話指示で十分だ」などと言い訳け、支離滅裂だ。

 やっぱり日本国という組織は、劣化していると感じざるを得ません。
 政治家も企業家も、そして私自身を含む大人たちすべてが劣化しているのでしょう。  

Posted by よっぱらいくま at 15:08Comments(0)TrackBack(0)政治・社会

2014年09月23日

早朝の三河田原駅

 三河田原駅改築関連の工事工期末の9月を迎え、運用も完成形となりました。
 2番線の通常使用は8月頃からすでに開始されていました。
 3番4番ホームも前夜からの留置車両がそのまま早朝発で豊橋へ発車していきます。
 そして、深夜の留置まではホームの折り返しは、すべて2番線発着となります。




右から左へ、1番、2番、3番の各線。






2番と3番線に止まる電車。
左の4番線から5時15分発の始発が出た後です。
5時34分発の2番電車は、3番線の電車です。
5時47分発の3番電車は1番線の電車です。




左のホームのない留置線が5番線。
5番線に止まっている電車は、ホームのある1から4番線の電車が全部出たあと、いったん豊橋方へ引き上げてから2番ホームへ進入します。
その後は一日中、2番線発着の折り返しとなり、三河田原駅には1本しか電車が通常はいない状態となります。





3番と4番から電車が出たあと。1、2、5番線に電車が止まっています。







田原駅ホームが4番線まで運用するようになって、駅進入手前に何番線に入るか表示する標識が設置されました。
踏切が鳴り始めて電車が進入してくる直前に点灯します。

電車から見ると。





深夜から早朝のみ、車両基地として三河田原駅の1番から5番線まですべてが電車でいっぱいになります。
昼間は見られない光景です。


 それと、駅前の工場は完全に撤去されました。


7月5日はまだこんな感じ


昨年の開業日2013/10/25




これまでの記事

2014/8/9

2014/7/6

2014/4/26  

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2014年09月21日

発掘 昔の鉄資料2

段ポールをあさって出てきたものをまた紹介。













パスポートの様式の青函トンネル体験記念証です。







こちらも青函トンネル体験記念証。





JR北海道のリゾート特急の入場券。今、現役車両はあるのかな?



  

  

鹿児島本線の特急つばめのビュッフェメニュー。
九州新幹線が開業するまでは、鹿児島本線は特急つばめが活躍していました。
JR九州の特急は独特です。






パリ、モンパルナスからサンマロまでの2等乗車券とTGVのレンヌまでの指定券。
下は帰りのサンマロからモンパルナスまでの乗車券とレンヌからの指定券。帰りは1等車。

  

Posted by よっぱらいくま at 15:16Comments(0)TrackBack(0)収集品

2014年09月21日

昔の駅弁包み紙 その3

駅弁包装紙 第3弾です。
今でも現役のものもあります。



羽後本荘駅 
今は駅弁マークはありません。



岐阜駅



佐賀駅 かにちらしすし



佐賀駅 幕の内
こんな地味なデザインは珍しい?



小田原駅 小鯵押寿司



松阪駅 牛肉弁当



盛岡駅 とりめし



折尾駅 かしわめし(小)
私にとって、日本一の駅弁です。



大館駅 鶏めし
とり系弁当のベスト3に入るでしょう。





八戸駅 小唄すし



浜坂駅 かに寿司
時刻表に駅弁マークはありませんが、駅前のお店で売ってます。たぶん今でも。
  

Posted by よっぱらいくま at 14:47Comments(0)TrackBack(0)駅弁

2014年09月15日

昔の駅弁包み紙 その2

 またまた、追加でスキャンしました。


熊本駅 幕の内



佐賀駅 幕の内



小倉駅 幕の内



水上駅 幕の内



青函連絡船内 幕の内



折尾駅 かしわめし
 このデザインは今でも現役ですね。



仙台駅 牛めし
この頃の仙台駅は、たくさんの種類の駅弁があることで有名でした。



長万部駅 幕の内



長門市駅 幕の内



鳥栖駅 かしわめし
 これも今でも現役デザインかな?



鳥栖駅 幕の内



博多駅 幕の内



博多駅 幕の内



福井駅 幕の内



米原駅 近江の味



紀伊田辺駅 幕の内



池田駅 幕の内



福知山駅 幕の内

  

Posted by よっぱらいくま at 14:42Comments(0)TrackBack(0)駅弁

2014年09月15日

国鉄大宮工場 EF58運転会

 昔の鉄資料が詰まった箱をあさっていたら出てきました。
 EF58の運転会の資料です。

 これは、昭和60年の10月、当時の国鉄大宮工場で行われたイベントです。
 抽選申し込み制で、運良く当選したものです。 
 当時、今のJRと違って国鉄はとても閉鎖された組織だったので、珍しいイベントでした。
 とにかく、競争率がどのくらいか知りませんが、喜んで参加しました。
 ちなみに参加費用は8000円でした。運転体験、講習、記念品の特製ミニチュア機関車番号プレート込みで、とてもこの費用では赤字ですと、担当者は言ってました。
 当選ハガキと参加記念スタンプです。







 運転会は、閉鎖された大宮工場内の線路を、本物のEF58を数往復するものでした。
 その前に講習があり、運転の基本的操作から機関車の仕組みなど、結構専門的でした。
 機関車の運転は電車とは違い独特で、ノッチも数十段も細かくあり、ブレーキも電車のようにブレーキ弁を合わせるだけで一定の強さにかかるのではなくて、空気を送り込む操作、一定の強さで保持する操作、ゆるめ操作とあり、根本的に電車とは仕組みが違います。さらに、編成全体にかける自動ブレーキ弁と、機関車だけにブレーキをかける単独ブレーキ弁があります。わかってはいたけれど、いざやるとなると頭ではわかっていても、難しかったです。
 今みたいにたとえ、電車でGOがあっても、機関車のブレーキは仕組みがまったくちがうので練習にはなりません。

 運転は機関車だけの単機なので当然、自弁は扱わず単弁のみです。
 カノピーを操作して電源を入れて、前進位置に合わせ、汽笛を鳴らして、出発進行です。
 主幹制御器のレバーも重くて、ノッチを1段ずつ入れるのもコツがあって難しく、出来ない人は数段飛ばしてしまうのでした。1段ずつカチカチと小気味良く進段させると気持ち良いものでした。
 操作は5ノッチくらいまででノッチオフ。狭い構内ではとてもシリースパラ、パラレルまで進段はできません。
 これも電車は5ノッチまでくらいで、直列、直並列、並列の操作は機械がやってくれるけれど、機関車はノッチの段数ごとに
直列(シリース)、直並列(シリースパラ)、並列(パラレル)はノッチの段数で合わせる言って見ればマニュアル操作です。
 直列は電圧は下がるけれど電流が一定となり列車起動時のモーターにパワーが必要な電気で、並列は電圧が一定となり電流トルクよりも電圧が維持できる高速走行に向く位置です。説明が下手ですいません。
 並列とか直列は、複数あるモーターへの電気の送り方の組み合わせです。それに細かい抵抗の組み合わせをノッチ1段毎に細かく変えていくのです。
 ブレーキも、緩ブレーキをかけてブレーキシリンダーに空気を送り込み、一定の強さになったら止め位置に戻してブレーキ力を一定にして、再度込めたり緩めたりして定位置に止めるのだけど、まあ、1回でまともに出来るものではありません。
 ただ止めるなら、簡単だけど、定位置に目標どおりに止めるのは難しかったです。どの程度私の操作で目標位置に止められたかあまり覚えてませんが、そんなにひどくはなかったと思います。
 汽笛を鳴らすのが唯一気持ち良くて、長く鳴らしたら「もういい」と指導員に止められたのをよく覚えています。
 あとの動かす操作は、緊張していてよく覚えていません。

 そのときの資料です。




































記念品のプレートです。
これは以前からずっと、居間に飾っています。










おまけ
 機関車の汽笛です。鉄道部品の販売店から買いました。
 これも私の宝物。約1万円でした。

 口で思いっきり吹くと、「ポッォ」と機関車の汽笛の低い音が出ます。
 高圧空気を吹き込んだらきっと、甲高いあの本物の音が出るんだろうなあと。



  

Posted by よっぱらいくま at 14:26Comments(0)TrackBack(0)イベント

2014年09月11日

朝日新聞が謝罪

 慰安婦問題、東京電力の福島原発、大誤報を撒き散らしてきた朝日新聞がやっと謝罪したらしい。

 意図的に誤報を撒き散らしたくせに、なにやら言い訳している。

 国、行政、大企業のやることにイチャモンをつけるのが、朝日新聞社の社是でしょうに。

 くどくど言っても仕方ない。

 朝日新聞の名称を変えて、「誤報新聞」にしたら良いのでは。

 小学生の学級新聞以下ですな。

 仲良し系の中日新聞が明日、この件をどう報道するかしら。




 さて、12日の中日新聞を読んで改めて、これは「誤報」ではなくて「捏造」だなと思った次第です。
 「裏付けが不十分」、「思い込み」、「チェック不足」などなど、次元の低い言い訳のオンパレード。
 日本の大新聞社が記事を作成するにあたって、こんな杜撰な低レベルな仕事しかやっていなかったと自ら認めているのです。わざとウソを報道したとは言えないから、あんな情けない言い訳をする以外に説明ができないのでしょう。
 朝日は最初から原発や東電と現場の担当者を悪者にしたいという、そういう結論に導くために、都合の良い部分だけを取り上げて、都合の良い取材先の言葉だけを使っただけではないでしょうか。
 有事の際に現場は逃げた、原発は制御不能な危険なものだから廃止というのが正義なのだとの結論を導きたかったのでしょう。
 調書が全面公開されなければ、何を書いたってウソだろうとなんだろうとばれないと、朝日はきっとそう思っていた、確信犯でしょう。
 まさか全面公開されるとは思っていなかったのではないでしょうか。
 当時5月に、吉田調書の真実の記事を書いていたら、朝日の組織方針に合わないということで逆にチェックが入ってボツにされていたのではないでしょうか。
 調書の都合の良い部分だけを使っておいて、思い込みなどと本気で言っているのなら、朝日の人間の文章読解力は幼稚園児以下だということを自ら認めているようなものでしょう。
 朝日の反原発キャンペーンの一環で行った捏造報道という組織的犯行にもかかわらず、間違いで済まそうとしている態度は許せない。事故当時、福島第一で死にもの狂いで対応していた人たちに、どうやって許しを請うつもりなのか。

 朝日は、あの極限状況下で任務を果たしてきた男たちに対して、侮辱の限りを尽くした。人として日本人として許せません。
 慰安婦報道から何から何までウソと捏造で、日本人を蔑んでいく自虐的な会社、朝日新聞とはなんのために存在しているのでしょうかね。
 他人の不正には徹底的に叩いてきたくせに、自分の不祥事には情けない言い訳を繰り返す朝日という組織は、潰れて当然ではないでしょうか。

 しかし、「あのおっさん」としか呼ばれないバカ菅、最悪すぎる。あんなのがいっときでも日本の首相だったなんて、日本の大恥として歴史に永遠に残ってしまうだろう。鳩ポッポもね。
 「あのおっさん」、今でものうのうと生きていて、恥ずかしくないのだろうか。まだ民主党の議員なんだっけ?
 民主党も早晩、分裂、消滅するのかな。
 民主党の大罪、中国漁船衝突事件の対応、小沢一郎の媚中と天皇陛下の政治利用、決して忘れてはなりません。

 朝日新聞が改名する最高の新聞名が浮かびました。
 「4月1日新聞」  

Posted by よっぱらいくま at 21:19Comments(0)TrackBack(0)政治・社会

2014年09月07日

リクライニング考

 最近、アメリカの航空機内での座席リクライニングの乗客間でのトラブルについて、たてつづきにニュースがありました。
 
 リクライニングを阻止する装置が市販されているなんて知りませんでした。こんなもんが日本国内で出回ることのないことを祈ります。

 しかし、新幹線とかの座席のリクライニングについては、私も思うことがあります。
 完全に個人的意見ですので、みんながどう思っているかは関知致しません。
 まあ、このブログ自体が独りよがりの独断と偏見とワガママのかたまりなので、まあ良しとしましょう。

 新幹線(以下、「新幹線」とは東海道の700系、N700系のことです。東北系のJR東は車両がたくさんあってよく知らないので。)に乗って、正直、前の人に思いっきりリクライニングを倒されると、目障りなのは確かです。
 だいたい、皆さん、半分程度までの間で倒している人がほとんどです。思いっきり倒すと後ろの人に迷惑だと、また倒し過ぎても楽ではないと知っているからです。乗り慣れた人はよくわかっています。
 私もそうしているし、だいたいあの新幹線のリクライニングは、めいっぱい倒しても楽ではありませんし、よく眠れるとも思いません。とにかく中途半端に余計な位置まで倒れる欠陥品だと私は断言します。
 だいたい2割から4割程度の間で倒すのが、一番楽だと思います。
 そもそもあの座席は、直立状態で座る前提に出来ていません。それは、3列席を回転させるために背もたれを直立させているのです。 3列席は少しでも前の席が、B列がリクライニングされていると、引っかかって回転できません。そういう構造上、あの位置がリクライニングされていない通常位置なんだけど、あのままでは楽に座る背もたれ角度ではありません。慣れていない人か、よほど後ろに遠慮しているのか、直立したままで座っている人を見ると気の毒に思います。

 逆に、普段乗り慣れていないとひと目でわかるような客が、喜んでリクライニングを思いっきり倒しているような風景もよく見ます。そこにある機能は全部使わなければ気が済まないのか、貧乏性なのか、後ろへ全部倒して背もたれには寄りかからずに会話したり弁当を食べているのを見ると、アホかと思います。少しは後ろにも配慮しろよと。
 最悪なのは、いかにも新幹線は初めてか何年ぶりに乗りました感丸出しの家族連れやグループが、3人掛けを向かい合わせにして、全部の座席のリクライニングを思いっきり倒しているのを見ると、不愉快です。とにかく全部の機能を使わなければ気が済まない小市民なのでしょう。

 それと、リクライニングを深く倒す人間によくある傾向が、自席の隣が空いていると、自分が座っていない横までリクライニングさせる奴も結構います。後席へ配慮するという神経はないのでしょう。自分の席をリクライニングするのは仕方ないにしても、他の席まで倒して後席に余計な影響を与えなくてもいいだろうと。横の席が立ったままだと目障りだからなんだけど、目障りだと自覚しているのならば、後席にも配慮しろよと。私は絶対にしません。

 テレビなんかで、マナーの問題だから一言、後席の人に断わればよいという人もいますが、礼儀正しく言われたら誰だって「だめです」なんて言えないでしょう。そういうやりとりをして、前の人が思いっきり倒してくると、断ればいいってもんじゃねえぞっと、むかつきます。後席に断るという一見マナーを守るようになるけれど、それは迷惑をかける自分の行為を強制的に正当化させているだけではと、疑問です。よっぽど、黙って遠慮深く少しだけ倒す人の方が、よっぽどスマートだし、マナーを守っているなと私は好意的に見ます。
 以前、タバコのコマーシャルで、隣の人に「吸ってもよろしいでしょうか」と断るのがスマートな喫煙マナーとかいう内容のものがあったけれど、あれも同意の押しつけ、強制ではないかと思ったものです。吸っていいかと尋ねられて、本心は嫌でも、笑顔で「どうぞ」と答えてもらえるという前提が、偽善的でイヤでした。「俺はタバコの煙は嫌いだし体にも悪いからやめてくれ」と答えられる大物、無神経な人はいないでしょう。

 座席がそういう構造なのだから、「どこまでリクライニングさせようが自由だろ」というのもその通りだし、いちいち遠慮するのもおかしいかと思います。
 深く倒したい人が気を使って車両の一番後ろの席を選んでいるのもよく見ます。前席の影響を受けない最前列の席を選んでいる人もいます。私は車両の端は揺れるし通路ドアの開閉がうっとうしいので避けます。新幹線なら9番10番あたりがちょうど車両中央部で一番落ち着きます。

 リクライニングの角度のことで、みんないろいろ気を使ったり迷惑をかけたり受けたりしているが現実です。そんなことに気が付かない人もいるでしょうが・・・。考え方が人それぞれだからやっかいな問題です。

 ではどうしたら良いのかと聞かれれば、私は、背もたれは最適、ベストな位置に固定しておけば良いと思います。座席メーカーが人間工学を駆使して、平均的な最適位置の座席を作れば良いのです。
 日本人は細かい小細工が大好きで、リクライニングなんかも深く倒れれば倒れるほど、乗客へのサービス度が高いとでも勘違いしているのでしょう。背もたれの基本角度の直立位置がダメなんである。
 今は知りませんが、フランスのTGVは、1等車も2等車も、座席はリクライニングしませんでした。そのかわり最初から最適な位置の背もたれ位置を提供する座席をサービスする、余計なことを乗客にさせないというのが、ヨーロッパ諸国の精神なのです。レカロとか優れた座席を作るメーカーを見習うべきです。小細工は不要です。グリーン車も含めて。

 ただひとつ問題が。最初に書きましたが、3列席は現状のシートピッチだと、背もたれを少しでも倒した位置で固定したら回転できなくなります。
 それは、回転時だけ背もたれがよっこらしょと前に傾くような構造にすれば解決します。簡単でしょう。
 ちなみに、2列席は前席背もたれが思いっきり倒れていても、回転可能です。

 現在の座席も、回転時には自動的にリクライニングが解除されて背もたれが元に戻るようになっています。座席の回転ペダルを踏むと、2席または3席すべての背もたれが元に戻ります。車掌は車内巡回時、空席のリクライニングを直すのにペダルを踏んで直しています。
 知らない客が、目障りな前の空席のリクライニングを直すのにいちいちリクライニングレバーを操作して直しているのを見ると、素人だな~なんて思ったりしています。
 たまにペダルを踏んでリクライニングを戻している人を見ると、お主やるなと感心してしまいます。

 結論、リクライニング機構はいらない。最適な角度に固定した背もたれの座席を最初から提供すれば良いのです。それは飛行機もバスも含めてね。
 背もたれがほとんど平らになる夜行バスとかは別かな。昼行時と夜行時で運転手が、個々のリクライニング操作角度を制御、制限させるような方法ができないかな。  

Posted by よっぱらいくま at 11:22Comments(0)TrackBack(0)日記

2014年09月04日

人間のクズ2 小樽の暴走殺人

 飲酒運転のうえ、何も罪のない歩行者が3人殺され、1人が重傷を負わされるという、悲惨な事件が北海道であった。
 事故という気はない。事件である、犯罪である。
 
 12時間飲酒を続け、タバコを買うためにコンビニへ向かったという。
 それも、あの細い道を、泥酔状態で携帯を操作しながら時速100キロで走って、人をはねたらしい。
 携帯を操作しながら運転するだけでも絶対に許せないのに、もう犯罪行為のオンパレードだ。

 かたや、殺されたのは(事故で亡くなったという言葉は適切ではない)、駅へ向かって歩いていた何も罪のない歩行者。
 クルマなんかを使わず、公共交通機関である電車を利用して海を訪れていたという、社会人の鑑のような人たちだ。
 その罪のない人を3人も殺したのは、飲酒しているにもかかわらずに、タバコを買うためという本当にくだらない理由で、一人でクルマという殺人凶器を運転した、人間のクズだ。
 クルマの使用、飲酒運転に対する取り締まりをもっともっと厳罰化し、クルマというものを自由に利用できないくらい束縛し、不自由なものにしない限り、こういう事件は根絶しないのだろう。
 原発再稼働云々なんかよりも、よっぽど身の回りにある危険な状況を、日本社会はいつまで放置するのだろうか。

 ハーブだろうが飲酒だろうがそれをやって、自動車で人を殺したこんな連中は二度と社会に出てこれないようにする法律を作るのが国会議員の仕事だろ。
 
 こんな事件を起こした人間は、北朝鮮のように公開銃殺刑にしたら良い。

  

Posted by よっぱらいくま at 21:53Comments(0)TrackBack(0)政治・社会