2018年11月17日

真岡鉄道とSLキューロク館

真岡鉄道のSLに乗ってみようかと、大学時代の友人と出かけました。
事前にきっぷなどは買わず、席があればいいやくらいの気持ちで。

大宮からの東北線下り方面に乗るのは、北斗星以来かな。普通に乗るのは20年以上ぶりくらい。
大宮から水戸線乗換の小山までは50.3キロ。グリーン車に乗るとたった300メートルの差で570円が780円になってしまいます。だからグリーン券情報購入機で1駅手前の間々田駅までにしておきました。ちゃんと間々田で普通車に移動しましたよ。
水戸線に乗るのもたぶん30年ぶりくらいです。
真岡鉄道の起点、下館駅に着くと乗換口は観光客らしき人達でえらい大混雑です。
乗換口で真岡鉄道と関東鉄道常総線に1日乗り放題のフリーきっぷを買おうとすると、こちらでは売っていない、JRの窓口へ行ってくれとのこと。
JRの窓口では、こちらではないようなことを言われて、真岡の窓口で言われたと言って、真岡鉄道と常総線の1日フリーきっぷではなく、茨城県内のほとんどのJRと私鉄に乗れる2200円の「ときわ路フリーきっぷ」でよいかと言われ、なんでもいいから乗れたらよいと答え購入しました。そのきっぷは茨城県内のJRと私鉄のほとんどに乗れるきっぷでした。

かたや目的の「常総線・真岡鐵道線共通一日自由きっぷ」は2300円。なんなんだろう、これ。JRのフリーきっぷが断然お得ではないかと、結果オーライでした。本当最近は下調べもろくにせず、適当な、気まぐれな行動が増えました。
ちなみに、JRの窓口で同時に買おうとしたSL整理券の方は、機関車が故障していて運休ですと言われてしまいました。そんなことも知らずに来たのかという雰囲気でした。

まあ、来たことだし、茂木まで行くことにします。
ホームの列車は1両の単行気動車。さきほど書いたように乗換口に群れていた客が全員乗っているものだから超満員。しかもクロスシート車両だから出入口付近はすし詰め状態。
SLが運休になったからそれに乗る予定だった乗客が乗っているのかなと思っていました。
このまま茂木までこの状態は勘弁してほしいと思いながら、真岡駅到着です。
駅構内にはキハ20や朽ち果てた貨車とかが多数あります。興味を持った友人が帰りに寄ろうと言います。車内は超満員。列車は交換待ちで停車したままです。じゃ今降りようと、即断即決。満員の車内から解放されました。交換待ちがなくすぐ発車していたら降り損ねたところです。

予備知識ゼロの真岡駅です。とりあえず昼飯時、昼食でもとるかと駅を出ました。出た方は飲食店は皆無。しかし、SLキューロク館なるおもしろそうな施設がどでかく構えています。スナックコーナーもあるらしいので、そこで何か食べればいいやと入りました。
行き当たりばったりの旅ですが、楽しいところでした。館内は旧客がどんと置いてあります。ちょうど蒸気機関車が動く時間でした。










懐かしいデッキのスイッチ類






お店でスパゲッティを買って、旧客車内で食べてもいいのと聞くとOKでした。



テーブルとイスは館内にいくつかあり、ちょうど動いているSLを間近にみながら食べることにしました。
これは良い雰囲気だ、ビールも飲みたいなと思ったけれど、館内にアルコールはありませんでした。


SLは館内から外まで、50メートルくらい往復するだけですか、人気はあり、家族連れが楽しそうに見ています。



混んでいることもなく、とても良いところです。施設自体は入場無料です。

この蒸気機関車は石炭を燃やして蒸気を起こして動力とするのではなく、発電機の電気でコンプレッサーを動かして得るエアーを蒸気の代わりにして動いているようです。炭水車には発電機が見えるし、コンプレッサーの音もしています。理論的にはこれで動くのでしょう。でも本線を客車を引いて営業速度で走るパワーはたぶんないと思います。




動輪回りは、蒸気機関車が持つ金属美と機械美です。




この機関車は運転席、機関士席が右にあります。その特殊性は説明看板に書かれています。




外には古参の貨車やキハ20が展示しています。
無蓋貨車は全国探してもあまり残っていないと思います。



















車掌車「ヨ」の発電機とトイレ排水管


キハ20床下


エンジン


変速機


ラジエーターと空気溜


台車


トイレ排水管






古い貨車のスポーク型の車輪は古さを感じます。完全にすり減った鋳鉄製の制輪子。昔はこんなのばかりだったから、ブレーキの度に沿線に鉄粉をまき散らしていたし、乗客も鉄臭くなっていたものです。

バラストも鉄粉の錆のせいで錆色になっていったものです。今はディスクブレーキが主流だし、制輪子も合成制輪子で鉄粉が出ることも激減しました。

垂れ流し便所の排水管。
構造的に流したモノを上に舞い上がらないようになっていたのだけど・・・。




清潔意識は昔はいい加減でした。窓を開け放っている夏、窓際に座っているとなんとなくしぶきを浴びていると感じたものです。乗客も沿線住民も保線の人たちも、大変な時代でした。垂れ流しトイレの車両は、平成の始め頃までは走っていたはずです。
でも、清潔すぎる現代の方がアレルギーが増えて、人間の抵抗力は低くなっている気がします。私もトイレは洋式、ウォシュレット付きでなければ生きていけない体になっています。


本当は動くはずだった機関車。

あとで知ったところでは、機関車故障は蒸気の方ではなく、救援用のDE10だったとのことでした。
かなり重症らしく、年内の復活はないようです。


ゆっくりキューロク館を堪能して、茂木へ向かいました。今度は2両で車内はがら空きで地元の人ばかりです。これが本来の姿なんでしょう。

のんびりとしながら茂木まで乗車しました。

茂木駅前の道は、昔ながらの典型的なローカル線の駅前風景です。古い街並みと古い商店、人はほとんど歩いていない。
これが国道やバイパス沿いに行くと、巨大なスーパーや量販店、ファミレス、ファストフード店などが並び、人と車で溢れているのが、どんな田舎に行っても画一的な、今の日本の平均的風景です。






茂木駅から先へ、戦前は延伸計画もあったようで、未成線跡が残っているようです。



車止めから先の風景。


茂木駅





帰りは運よくクロスシート車とロングシートの2両編成でした。
茂木から乗る乗客は少なく、ビールを飲みながらゆったりと帰れました。




転車台をバックに。


しかし、途中の益子駅から大量の観光客が。益子焼の市みたいなイベント開催中のようで、行きの大混雑は益子が目的の人たちでの大混雑だったと知りました。

帰りは水戸に出て駅内の蕎麦屋で居酒屋してから、鹿島臨海鉄道経由で帰りました。
「ときわ路フリーきっぷ」のおかげでタダ同然で帰れました。  

Posted by よっぱらいくま at 17:06Comments(0)TrackBack(0)乗車記 私鉄

2018年11月10日

京浜急行 駅名変更騒ぎ

新聞などで最近、京浜急行が駅名の変更を検討しているとかで、新名称を小中学生から募るとか報道されています。
それに対しては、歴史や地名と駅名の関係などを無視するものだとの批判的意見が多いようです。

私も、一律的な公募による駅名変更には大反対です。
それも地域の歴史や文化に対しての認識については幼すぎる、小中学生だけを対象に公募するなんておかしいです。

京急は何を考えているのやら。

最近の、北斗の拳のセリフやキャラクターをもじった駅名遊びは、ユーモア感があり一時的イベントとして良いことだと思っていました。
でも、北斗の拳は、今の若者は基本、知らないと思いますけどね。私は大好きでした。

私は京急沿線、大森町駅近くで生まれ育ったので、品川-京浜川崎間の駅への思い入れは強いです。
梅屋敷、雑色、六郷土手、新馬場は元は北馬場、南馬場の2つの駅だったけれど、高架化の際にひとつになりました。異様に駅間距離が短かったと、幼かったときでも強烈に印象が残っています。青物横丁、立会川、鮫洲、大森海岸、平和島。
品川の南に位置するのに北品川。
他にも思いつくままに、追浜、金沢文庫、金沢八景、安針塚、生麦、津久井浜、三浦海岸・・・。

これらの駅名が安易に変わるなんて考えたくもありません。幼年期の思い出がなくなってしまいます。

京浜急行は関東では他の民鉄とはちがう独自路線を行くもので、鉄道ファンにも人気があります。私も大好きです。
韋駄天の走りは今でも不滅です。
私が埼玉に引っ越して東武東上線利用になったとき、京急と東武の走りの違いはとても残念でした。
途中駅を通過する池袋-成増間の急行、準急の走りはまるで覇気がなく、京急の急加速と急減速でメリハリのある走りとは正反対の、だらだらとのんびり走る東上線には幻滅したものです。

京急さんよ、何をとち狂って駅名変更なんて考えたのか。
そんなことをする京急には「おまえはもう死んでいる」と言いたい。



時刻表で確認して、川崎は「京急川崎」でした。昔は「京浜川崎」、「京浜蒲田」だった気がしますが・・・。



写真は高架化前の大森町-梅屋敷間を走る1000型快速特急。昭和55年頃。
目の前を猛スピードの大迫力で通過していきました。

写真はネガの原板そのまま。トリミング等一切していません。
たぶん、キャノンFTb、50ミリF1.8で、マニュアルフォーカス、マニュアル露出で撮っています。
今の私ではたぶん、無理。
  

Posted by よっぱらいくま at 12:49Comments(0)TrackBack(0)最近の出来事

2018年10月21日

磐越西線の旅

鹿島臨海鉄道から水戸、いわき、磐越東線、郡山を経て、会津若松へ来ました。

目的は、会津若松から新津まで、キハ47に乗ることです。
昨年の9月に乗って、気に入ってしまったので再訪です。

昨年の記録はこちら




なんと1両は旧国鉄塗色です。でもキハ40系にこの色はなかったんだけどねえ。
正面から見るとキハ58のようだけど、側面はキハ66に見えてしまいます。

明日の朝の列車に乗るため会津若松で一泊。居酒屋で乾杯です。
会津若松は酒どころ、よさげな居酒屋がたくさんあります。
そんな中、市中をさまよい適当な店へ。私はいつも店構えを見て直感で入ります。
飲み比べセット。安い。それにどれも旨い。日本酒、やっぱりうめえ~。




この列車は、野沢、徳沢、津川で長時間停車します。
ここが気に入っているところです。昔のように駅前を散歩したり、写真を撮ったりできます。









野沢駅前通りの酒屋は今日は閉まっていました。会津若松で買っておいてよかった。







今日も窓を開けて車窓を楽しめました。本当、冷房も暖房も必要ない時期に限られます。










新津駅にはこんな方々がホームのベンチに座っていました。

  

Posted by よっぱらいくま at 16:06Comments(0)TrackBack(0)乗車記 JR

2018年10月21日

鹿島臨海鉄道

鹿島臨海鉄道に乗ってきました。

前回乗ったのは昭和63年頃だから、ちょうど30年ぶりです。


旅客輸送は、鹿島神宮ー水戸だけど、線路の戸籍は鹿島神宮から昔は北鹿島だった鹿島サッカースタジアム間はJRで、鹿島サッカースタジアムから水戸間が鹿島臨海鉄道の線路です。
鹿島サッカースタジアムから鹿島臨海工業地帯に向けて、貨物専用の臨港線が分岐しています。
この臨港線には過去には旅客営業をしていた時期もありました。
理由は、成田空港への燃料輸送をする見返りの、地元対策でした。
これは燃料輸送が終了すると同時に即、廃止となりました。不便極まりないダイヤと臨港線沿線に旅客需要はなかったのが実態でした。
臨港線に旅客列車が走っていた頃はまだ、大洗鹿島線、北鹿島ー水戸間は開通していなかったので、国鉄線は北鹿島までだけど旅客列車は臨港線の列車しか走っていないという状況でした。貨物専用だった鹿島神宮ー北鹿島間に乗るには、鹿島臨海鉄道に乗れば可能というものでした。

今は北鹿島が鹿島サッカースタジアム駅と改称されて、サッカー開催日には臨時停車します。そうなる前の北鹿島駅は貨物駅だったので、鹿島神宮から旅客駅としては一駅先の荒野台までのきっぷは、一駅しか乗らないのに国鉄、JR区間と鹿島臨海鉄道の二社の運賃を払うことになりました。鹿島サッカースタジアム駅は臨時で通常は通過なので、今でも変わりません。

さて、今回乗った車両自体は、昭和の頃と変わっていません。

しかし、2両のうち1両はアニメキャラのイラストが描かれた車両です。
こういうの、地方鉄道で本当に増えました。なにはともあれ、増収に向かってくれたら良いことです。
アニメ車は4両あるらしく、私は№4に乗ったようです。
ブラインドにまで描かれている凝りようです。

私、ここに描かれているアニメはよく知りません。
























鹿島サッカースタジアム駅にはEF64が。




水戸駅はいつの間にか立派になりました。私の記憶では・・・。

  

Posted by よっぱらいくま at 14:45Comments(0)TrackBack(0)乗車記 私鉄

2018年09月16日

逆噴射

中部国際空港で搭乗待ちのためデッキで飛行機を眺めていました。
外は大雨のため屋根のあるところで見ていました。
大雨の中、離着陸する飛行機は、凄まじい水しぶきをあげて、なかなか迫力がありました。
特に大型機が着陸後、すかさず逆噴射をかけるときが迫力です。



離陸のときはこんな感じ。



機内から見た逆噴射中のエンジン。


逆噴射と同時にスポイラーを目一杯立てて減速。


通常時はこれ。



大雨の中、駅を通過する新幹線も迫力あるけれど、大雨の中の飛行機もおもしろいです。

私は飛行機に乗るときは必ず窓側を希望します。
職場では皆、飛行機は通路側がよいと言います。私は鉄道でも飛行機でもいつも窓側で外の景色を見ています。
離着陸のときの風景、飛行中でも地図のとおりに下の地形が確認できるのはとても楽しいです。
琵琶湖や木曽三川など、地図のとおりに見えます。
雨の中の飛行では雲しか見えませんが・・・。

  

Posted by よっぱらいくま at 15:50Comments(0)TrackBack(0)日記

2018年09月15日

吾妻線と八ッ場ダム

群馬県に建設中の八ッ場ダム。
ダムの建設に伴って吾妻線の一部区間がダム敷にかかり水没するため、前後区間が大幅に付け替えられました。
機会があって建設中のダム見学会に参加して、吾妻線の廃線区間を堪能しました。


ここから先は線路跡は撤去されています。


本体間際に制限標識が残ります。




架線が弛んで残っています。






列車がすぐにでも走れそう。






日本一短いことで有名だった全長7.2メートルの樽沢トンネルは移動のバスの中から見えました。
ちゃんと案内してくれます。






本体上流の線路敷を生かして、ダム本体の材料を運ぶコンベアーが設置されています。


ダム下流の吾妻線の付け替え区間が始まったところの新線橋梁。
こんな所に新幹線が通っていたかしらと、勘違いしたくらい立派です。

八ッ場ダムの本体見学コースは、ダム直下に行くために吾妻線の廃線敷を必ず歩いて通ることになります。
工事区域なので、見学以外でこの廃線敷へ立ち入りすることはできません。  

Posted by よっぱらいくま at 17:41Comments(0)TrackBack(0)廃線跡、未成線

2018年08月16日

ミニ周遊券

昔、鉄道の旅で重宝したのが周遊券でした。
北海道、九州のワイド周遊券を持ち、島内の夜行に乗り継ぎ有効期限の20日間をめいっぱい使って旅ができたのは遠い昔の話しとなりました。

ミニ周遊券は周遊エリアは狭いものの、目的地へ普通にきっぷを買うのとたいして変わらない価格で購入できたのでよく使いました。

名古屋発着の東北方面へのミニ周遊券は経路の選択肢が多いので重宝しました。

「山形・蔵王ミニ」は経路が、
1.東海道本線(東名高速バス含む)、東北本線、福島から奥羽本線
2.     〃              、高崎線、上越線、羽越線(白新線含む)、米坂線
3.中央西線、篠ノ井線、信越本線、 羽越線(白新線含む)、米坂線
4.東海道本線(東名高速バス含む)、東北本線、仙台から仙山線
とあります。

「新潟・弥彦ミニ」の経路は、
1.東海道本線(東名高速バス含む)、高崎線、上越線
2.中央西線、篠ノ井線、信越本線(越後線含む)
3.東海道本線(高山本線含む)、北陸本線、信越本線(越後線含む)
とあります。
新幹線で東京経由、上越ルートが王道なんだろうけれど、距離的には最短ルートの中央西線長野経由があるのは急行「赤倉」があった名残でしょうか。米原経由北陸ルートや高山本線経由も選択できるというのも楽しいです。

「山形」は北陸ルートは選択できないけれど、仙台経由でも新潟経由でも長野経由でもよいという、楽しいきっぷでした。
「新潟」は北陸ルートが選択できるのがミソかな。
名古屋発着は、山形と新潟がたった約500円しか違わないというのもおもしろいです。山形の方が遠く感じるけれど。


どちらも日本旅行 大垣発行のトップナンバー、№0001です。




こんな便利で楽しく、そして往復きっぷ的に使える割安なミニ周遊券がなくなり、「周遊きっぷ」という制度ができたけれどこれは経路を指定したりと単純な往復きっぷ的に使うには面倒なセミオーダー式となったこと、窓口の対応も不慣れな係員が多く発券に時間がかかることもあって、短命に終わりました。

今はスイカを始めとするICカードが当たり前、長距離きっぷもネット購入で安くなったりの時代となり、アナログなきっぷ制度は衰退していくのでしょうか。
スマホで新幹線の指定ができて何度も変更可能なのはとても便利です。でも、特定市内発着制度や在来線特急との乗り継ぎ割引は適用外と、よーく考えると乗客に不利な面もちゃっかりあります。
EX-ICに限定せず一般のICカード使用での新幹線チケットレスの利用促進も、窓口の職員を徹底的に減らしての人件費削減が一番の目的だと思いますが。
これだけネットでのチケットレスが普及しているのに、名古屋駅に限らずどこの駅の窓口もいつも行列となっているのはなぜでしょうかね。  

Posted by よっぱらいくま at 15:53Comments(1)TrackBack(0)収集品

2018年08月04日

火星大接近

7月31日に火星と地球が最接近するとのニュース。

私もミーハーなのでとりあえず夜9時頃、空を見てみました。
確かに肉眼でも、赤っぽい星らしきものが輝いています。

写真も撮りました。
ニコンP900の出番です。
望遠めいっぱいプラス、デジタルズーム最大倍率です。
手持ち、カメラ任せ&酔っ払いです。

全然ピントが合わないなあ、ボケてしか写らんと思いながら何枚か撮りました。
あとでニュースで見たら、そういう類いの映像もなんかボケています。

これでよかったのかな。



  

Posted by よっぱらいくま at 15:47Comments(0)TrackBack(0)日記

2018年07月07日

保津峡駅 旧線廃線後

新線付替により、山陰本線旧線の保津峡駅が廃止されて約1年経った、平成2年の写真です。

新線に切り替わったのが平成元年で、平成3年からは嵯峨野観光鉄道のトロッコ保津峡駅として復活したので、この姿は2年弱の短期間のものでした。



























  

Posted by よっぱらいくま at 17:15Comments(0)TrackBack(0)廃線跡、未成線

2018年07月01日

熱海駅 新幹線今昔

熱海駅で新幹線を撮った写真が出てきました。
平成8年頃です。
あの頃は、0系、100系、300系が仲良く共存していました。
もう20年以上前なのですね。ほんの少し前のような気がしますが・・・。








こちらは1ケ月ほど前に撮影したもの。
昔の写真では、ホームには売店も弁当売り場もあることが確認できますが、現在はすべてありません。

  

Posted by よっぱらいくま at 15:35Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 国鉄・JR

2018年07月01日

博物館動物園駅

京成電鉄 博物館動物園駅。
平成9年に撮影したものです。

この前、東成田駅へ行って、こんな駅もあったなと思い出して、写真を探しました。
ネットで確認すると、平成9年に営業休止、平成16年に廃止となっています。
休止を知って見に行ったのかは、記憶にありません。
たしか「こち亀」で取り上げられていたので、行ったような気がします。

壁のペンギンの絵が、誰もいない古びた薄暗い構内で異彩を放っていました。





  

Posted by よっぱらいくま at 15:24Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 私鉄

2018年06月16日

古いホーム 嵩上げ

新橋駅で電車を待っていたとき、向かい側の山手外回り、京浜東北南行ホームの下にレンガの構造物を発見しました。
烏森駅として開業、東京駅開業とともに、旧新橋は汐留に、烏森駅が新橋となった頃からあるものでしょうか。
古い幹線だとどこの駅でもホームは、客車から電車に合わせてホームの嵩上げが行われています。
このホームも3段階くらい層ができています。









こちらは国府津駅。東海道本線の歴史ともに、何度も嵩上げされています。





こちらは蟹江駅。関西本線としての歴史は古いです。




  

Posted by よっぱらいくま at 17:13Comments(0)TrackBack(0)

2018年06月10日

芝山鉄道と東成田駅

成田空港にある芝山鉄道に乗ってきました。

芝山鉄道は東成田駅と芝山千代田駅間、たった1駅を結ぶ、日本一短い鉄道です。
建設経緯は、複雑な空港建設の歴史的背景の中でできたようです。
京成とほぼ一体の運転系統なんだから、京成にしてもよさそうだけど、がら空きの電車を運行し続けるために、補助金とかいろいろな関係で別会社にしておく必要があるのかなと思いました。

京成成田駅から芝山千代田行きに乗りました。
日中は、京成成田と芝山千代田駅間を同じ電車が40分おきに往復しているようです。
京成成田から東成田までは、かつての空港乗り入れ線。どえらい高速で飛ばします。京急の快速特急を彷彿させる走りです。東成田までの運賃は260円。結構な距離です。
東成田-芝山千代田は約3分間、がら空きの電車はあっというまに着いてしまいました。こちらは200円。ICカードは使えないとのことだったので、きっぷは成田駅で通しで買っておきました。



ホームの先は行き止まりです。





延伸の可能性も残してはあるようですが。




改札で乗車記念証明書をいただき、レンタサイクルを借りたいと申し出ました。
芝山鉄道では観光客には自転車をタダで貸してくれます。



昔のようにすぐに折り返して帰るようなことは、最近はしません。
終着駅でのんびりしたいし、成田空港なのだから、飛行機を間近に見てみたいと思っていました。

親子連れなど、少ないながらも体験乗車の客もいます。
そういえば、芝山鉄道は必ず警官が添乗警備していると聞いていましたが、往復ともその姿は見ませんでした。
芝山千代田では10人程度が下車しました。

さて、まずは航空博物館へ自転車で向かいます。約2キロの道程は、多少のアップダウンがありました。そして、やたらに警察車両が走っています。これが日常なのでしょう。

航空博物館は入場料500円。まあまあの値段だけどJAF会員割引で半額になりました。
親子連れを中心にかなりにぎわっています。鉄道博物館もそうだけど、マニアよりも一般人が多いのは共通です。







私は飛行機は門外漢ですが、エンジンとかコックピットとかは興味あります。
747前頭部のぶつ切り断面はおもしろいです。

次は飛行機が見える丘なるところへ行きました。
マイカー客でそこもにぎわっています。
ニコンP900を持ってきているので、飛行機写真に挑戦です。


離陸したところ。


着陸するところ。

鉄道写真と勝手が違って、いやはや、難しい。
P900のばけものズームの超望遠撮影ですが、ファインダー内で思っていたよりも高速で被写体が移動するので、補足するのが難しいのです。
航空写真では、コンデジでは限界があるようで、やはり一眼レフとマニュアルフォーカスが容易な超望遠レンズが必要と痛感しました。コンデジではとにかくピントが狂いまくるのです。

適当に撮影した後、芝山千代田駅へ戻って、次は東成田駅へ向かいます。







車内はがら空き。



車窓からは駐機場の飛行機がよく見えます。





東成田駅で下車しました。
噂では聞いていたけれど、なんとも不思議な駅です。もともとは成田空港駅。往時の賑わいがウソのような空虚な空間です。反対側のホームは照明も消され閉鎖されています。昭和の空気感が構内に漂っています。









フェンスで仕切られた閉鎖されている真っ暗な空間には、使われなくなった資材が無造作に置いてあります。









賑わっていた往時の面影が見えます。



改札の横に、第2ターミナルへの連絡通路があります。



誰もいない長い通路。利用者はいるのでしょうか。そこを通って空港第2ターミナルへ向かいます。



「空港第2ビル駅まで500メートル」の看板があります。



果てしなく続く通路



あと400メートル。



直角に折れる地点。



通路は続くよどこまでも。監視カメラが無数に設置されています。
誰もいないと思ったけれど、途中2人、すれ違いました。観光客ではない普通の利用者のようでした。



あと200メートル。



あと100メートル。

終点に近づくにつれて、カートを押す音や人の声がたくさん聞こえてきます。





東成田駅からここへ到着すると別世界の喧騒が。



清潔で明るい空間が広がっていました。

東成田駅、とってもディープな空間です。
廃墟と秘境駅をあわせ持った雰囲気です。成田空港の歴史に翻弄された駅ではないでしょうか。



右がJR、左が京成、どちらもにぎわっています。
スイカでさっと入場し、JRで成田駅へ向かいました。



N'EXは成田駅のホームのない中線を通過して、空港駅へ走り去っていきました。

  

Posted by よっぱらいくま at 16:19Comments(0)TrackBack(0)乗車記 私鉄

2018年05月19日

佐原 古い街並み 酒 居酒屋

千葉県佐原、今は合併して香取市となっていますが、以前は佐原市、そして駅名は現在も「佐原」です。
千葉県の北東部に位置し、東京からの鉄道の便は都心から100キロ圏内にもかかわらず不便極まりなく、東京までの公共交通は高速バスが担っています。
東京と佐原を結ぶJR総武・成田線に直通特急はなく、普通電車が日に一往復だけ、鹿島神宮から東京へ直通しています。
数年前までは特急「あやめ」があったのだけど、廃止されました。高速バスに負けたのが主な原因だろうけれど、鉄道の定時性、確実性は捨てがたく、確実に一定の需要は今でもあると思います。JR千葉支社は、地元からの復活要望に対しても、「あやめ」を復活させることはないと断言していて、残念なことです。
そんな、東京から名古屋へ新幹線で行くよりも時間がかかる不便な佐原は、「江戸優り」を謳う古い街並みが数多く残され、観光地化もしています。

まずは鉄道から





鹿島線と千葉方面の普通です。鹿島線からの乗換客が合流し、たくさんの乗客が乗り込みました。




小野川と電車。この小野川沿いに古い街並みがあり、たくさんの観光客が歩いています。










この写真屋さんは廃業していますが、昭和レトロ感満点のこの建物もむ新しい方なのでしょう。




街中のあちこちに、この円筒型ポストが現役で残っています。




このような観光船も。




私が感動した建物がこれ。
壁際に碍子でむき出しに設置されている、戦前からあるような単相2線式と言ってよいのかわかりませんが、1線ずつ並列してあるやつ。これが今でも現役であるのです。もうかれこれ30年以上、昭和のテーマ館とかに行かない限り見ることはありませんでした。





これまたレトロな笠のついた裸電球の外灯が接続されています。電球は電球型蛍光灯かLED電球のようでしたが。


続いて、居酒屋。古い街並みに似合う小さな居酒屋が、狭い路地の間に多数あります。
すべて現役で営業しているのかはわかりません。




















廃業している床屋さん。昭和です。




東薫酒造です。
酒蔵見学ができて、酒の試飲もできます。








試飲は、一番高くておいしい「叶」だけ1杯300円ですが、あとは無料です。
もちろん叶も試飲しましたが、なみなみと注いでくれました。
他もほんの少しずつ試飲させてもらいましが、結構酔ってしまいました。
試飲できるのも、クルマで来ていないからできる贅沢です。




なぜか街中には石材店が多数あります。







再開発が進み整然としてどこに行っても風景が同じ街よりも、こういう古い街並みが残っている街が好きです。
佐原には昭和レトロな古いスーパーもいくつか見かけました。  

Posted by よっぱらいくま at 17:44Comments(0)TrackBack(0)旅行記

2018年04月22日

飯田線

飯田線です。
本長篠付近、長篠城址のあたりで撮りました。





こちらは本長篠駅から分岐していた、豊橋鉄道田口線の廃線跡の道路。
本長篠駅から近くのところです。


  

Posted by よっぱらいくま at 15:53Comments(0)TrackBack(0)日記

2018年04月15日

旧型電機

国鉄時代の車両がいよいよ全滅に近くなってきました。
この歳になって、昔の貨物列車に懐かしさをとても感じます。
もっと記録に残しておけばよかったと、後悔です。

昭和53年頃、東北本線 大宮-与野間でとったものです。
58、15などが元気に走っています。














こちらは、東海道本線 茅ヶ崎-平塚間です。

  

Posted by よっぱらいくま at 16:05Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 国鉄・JR

2018年01月27日

無くしてわかるありがたさ 親と健康とセロテープ

三河安城駅のとなりにあるニチバンの工場。
新幹線の車窓からよく見えるこの宣伝。
一部マニアの間では有名です。



今年になってこの「無くしてわかるありがたさ 親と健康とセロテープ」というフレーズが消えていました。
先週、新幹線に乗ったとき、デザインが変わりこのフレーズも復活していました。
暗かったので写真は撮れていません。

やっと写真が撮れました。
セロテープの外箱そのものの、シンプルなデザインになりました。
以前は、セロテープが宇宙空間を飛んでいるようなシュールなデザインでした。

  

Posted by よっぱらいくま at 15:08Comments(0)TrackBack(0)新幹線

2018年01月15日

信越線 電車立ち往生

かなりの大ニュースとなった、信越線での電車が雪で一晩立ち往生した今回の一件。

JR東の対応はやっぱり、一言で言ってひどいと思った。
やっと、情報も出尽くしてきた感じなので、私の思いを書きます。

乗り合わせた客からの声は、JRの対応には感謝しているという声もあるようだ。
しかし、それは現場に来た職員らの働きのことである。
現場の運転士、救援に駆けつけた職員らは、本当に頑張ったと思う。

しかし、組織として、JR本体が今回のような事態に適切に対応したのかというと、はなはだ疑問である。
積雪の中、救援バスも手配できず、深夜暗い中、外を歩いて避難させることが危険だということは、そのとおりと思う。
しかし、車内にはたくさんの立ち客もいた状況で、これを放置したことは違うと思う。

なんとしても線路を除雪して、長岡なり大きな駅までの除雪をさせて移動させるのが使命だろう。
結局、今のJRに除雪能力はないのである。昭和40年代までの国鉄の除雪能力に比べたら、無能なのだ。

昭和35年や38年の、所謂35豪雪、38豪雪の教訓は、今のJRには引き継がれていないのだろう。
駅間では止めない、駅で止めるということが、わからなかったのだ。

今の新型車両、立ち往生したのも、JR化後の新型車両だ。
もし、これが国鉄仕様の115系や485系だったら、同様に立ち往生したかとも思う。
何が違うかというと、重さである。そして雪に対する抵抗力である。
新型車は軽い。もしも115系だったら、次の駅まで行けたかもしれない。
パンタグラフも新型車両は片パン、シングルアームが主流だが、雪の重みで離線もあって何度も止まったらしい。
シングルアームの方が表面積は小さいはずで、雪の抵抗も少ないはずなのに。
昔ながらの菱形パンタグラフの方がよかったかもしれない。

立ち客もいる通勤電車を救援するために、DD51の重連でも走らせれば、あの程度の積雪はラッセルできたのではないか。
DD51のスノープロウはかなり鋭角である。

DD51の床下の写真





電車や下手な今どきの除雪車よりもラッセル能力はあるかもしれない。でも、いま、DD51なんか配置されていないだろうね、JR東には。

38豪雪に比べれば、今回の積雪など「屁」のようなものだ。当時は市街地も雪で埋め尽くされて、2階からしか出入りできなかったのだ。今回はたかが1メートル未満の積雪である。

立ち客のいる電車を一晩放置するくらいなら、救援するために、なんとしても除雪して特急用車両を横付けさせて、そちらに乗客を避難してもらうことくらいできなかったのだろうか。

しかし、今の乗客、若者たちのなんと辛抱強いことか。
昭和40年年代なら、一晩立たせれるようなことになったら乗客は、スト権ストのときみたいに暴動が起きるぞと思ったものだ。
客が勝手に電車から脱出すると思う。

まあ、なんとも言えないけれど。車内で席を譲り合ったとか、美談みたいなことはマスコミは好きですねえ。

キマロキ編成なんて、今のJRには存在していないでしょう。
マックレー、ロータリー、ラッセル。

ま、懐古趣味のオヤジの国鉄贔屓の話しでした。  

Posted by よっぱらいくま at 21:28Comments(0)TrackBack(0)事故・災害

2018年01月13日

早起きの始発列車

ネットニュースを見ていたら、日本一早い始発電車という記事がありました。

以前、「時刻表1979年10月号」の中で、地方の超早朝発の列車のことを書きました。
1979年10月号では、早起き列車が
ナンバー1 福島3時18分発 仙台行き普通 
ナンバー2 金沢3時49発 七尾行き普通
だと思います。たぶん?。
これらは、昔は夜行列車が各線区を走っていたので、夜行からの接続という面もあったのかもしれません。
他に4時台後半発は各地にうじゃうじゃあるので、珍しくもなんともありません。

ネット記事では、九州の日豊本線 柳ヶ浦4時17分発門司港行きが日本一早い始発列車とのことです。門司港に6時10分着です。たしかに4時台前半に動き出す列車は、現在では珍しいでしょう。6時10分に終着駅に着いてしまうというのも、名古屋周辺のJRや地下鉄など、やっと始発から2~3本めが動き出し始める時刻です。
ちなみに、1979年10月当時の柳ヶ浦発門司港行きは、4時29分発で門司港着は6時10分着と着は現在と同じだけど、発時刻は12分遅いです。現在よりも所要時間は短かった、速かったのかと思ったら、現在は小倉の停車時間が長いだけで、小倉までの所要時間はほぼ同じでした。

それではと、現在の他に早い始発はないかと時刻表をめくってみました。
昔、行商人がたくさん乗っていた路線は早朝から走っていたので、常磐線なんかはどうかなと開くと、ありました。
勝田4時27分発上野行き。記事の電車の10分あとですが、十分に早起きでしょう。たぶんナンバー2の始発かなと。

昔、3時台から走り始めていた東北本線、七尾線や、4時台発がたくさんあった山陰本線も、今では5時台以降発しかありません。

日豊本線をよく見ると小倉方面の上りの特急もえらい早朝発が揃っています。
柳ヶ浦4時38分発、大分4時43分発と5時21発と続行しています。
全部チェックしていないのでわかりませんが、普通だけでなく特急も含めて、日豊本線のこの区間は日本一早起き路線のようです。

特急を見ると、北陸本線の金沢から大阪、名古屋方面も早いです。
しらさぎ号米原行きが5時00分発、サンダーバード大阪行きが5時35分発です。
でも、日豊本線の4時台発にはかないません。
北陸本線には、福井4時48分発の敦賀行きという結構早い電車がありました。


名古屋地区の鉄道各線が動き始めるのは、とても遅いと思います。JR、名鉄、地下鉄の各線すべてが5時30分以降しか動き始めません。終電を遅くするよりも、始発をせめて5時00分から動かしてほしいものです。東京のJR、私鉄、地下鉄は5時過ぎから動き始めます。
新幹線も東京、新大阪は双方とも6時00分発があるのに、名古屋は、6時20分発の博多行きのぞみ号と東京行きひかり号が始発です。名古屋も6時00分発を設定してほしいものです。

コンビニなんかなかった昔の方が、国鉄は早朝から動き始めていました。
  

Posted by よっぱらいくま at 16:36Comments(0)TrackBack(0)豆知識

2017年12月24日

在来線の特急たち 1980年代

各地で撮ったものです。


白鳥  青森駅



白鳥  金沢駅?



583 雷鳥  金沢駅



加越 金沢駅



583 有明 西鹿児島駅



にちりん 博多駅?





かもめ・みどり 肥前山口駅



金星 新下関駅付近



はやぶさ 名古屋駅



富士? 門司駅








  

Posted by よっぱらいくま at 15:35Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 国鉄・JR