2020年04月02日

マスク考2

テレビとかで4月1日の入社式とかいろいろ報道されています。

国会議員もみんなマスクです。

安倍ちゃんの布マスク、小さすぎます。

みんなマスクをしています。
どこで売っているの、?

マスクが売っていないと大騒ぎしているのに、役所も企業も、みんなマスクしているし。

このカラクリはなんなんですか。

そんなにあるのなら、医療機関とか不足して本当に困っているところへまわすべきです。
国会議員がパフォーマンスでマスクしなくてよろしい。  

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2020年03月28日

マスク考

新型ウイルスのため、東京はじめ隣県も外出自粛令が。
鉄道会社、がんばれ。

これから書くことは完全な私見です。
私は学者でも専門家でもなんでもありません。
ネットでブログを書いているただの素人であり、ただの鉄道マニアです。

マスク不足が大問題となり、まったく市場には出回らなくなって久しいです。
さて、そのマスク、私は感染予防効果には疑問です。
テレビなんかのインタビューでマスクの人を見ても、鼻のあたりは密着していないし。
使い捨てマスクの繊維を通して呼吸する吸気量と、隙間からの吸気量はどのくらいの割合なんだろうか。

それよりも、マスクは呼吸に合わせて周囲のホコリ、ウイルス、バイ菌を付着させて人体への吸入量を減らしている訳だけど、そのウイルスやバイ菌がマスクにはずっと付着しているのですよね。
頻繁に交換すればよいけれど、今般のマスク不足で一つの使い捨てマスクを一日中つけているとか言う人や、何日も使うとか。それって不潔ではないですか。洗うとか言う人もいるけれど、それは帰宅してからですよね。

 だって、マスクは口のまわりを覆い、周囲のバイ菌、 ウイルス、ホコリを吸着させているうえ、人の呼吸を受けて常に適度な湿度と温度を保っているので、ウイルスやバイ菌の生存、増殖には極めてよい環境だと思うのです。
それを食事や水分補給の都度、手でつかんで取り外したり付け直したり。
食事のときは外してポケットにしまい、また付けるとか。
マスクにより、口の周りに常にウイルスやバイ菌を飼っているように思えるのです。

保菌者、罹患者、感染者がマスクすることは必須です。呼吸、くしゃみ、咳などでの飛沫拡散を防止する意味では極めて重要です。
あと、健常者でも常に無駄(偉そう)に咳をする人(中高年の男性に多い)とかね、これも迷惑だからマスク付けてください。

結局、何が言いたいかというと、真に必要な医療従事者、介護施設や病院など、抵抗力が低い人を相手に仕事をしている人たち、そして罹患者のために優先的にマスクが行き届くようにするべきで、健常者がみんなマスクを常用することで世の中からマスクが不足する事態が早く解決してほしいです。

使い捨てマスクは中国からの輸入が7割くらいらしい。これも不足に拍車をかけていると思う。
コストよりも、医療品は国内で賄えるような体制を作ることが大事なんではないでしょうか。
食料自給率も4割程度というのも、今後長引けば不安材料です。

健常者にマスクは不要、予防効果は低い、というか交換しないで長時間の着用は逆に悪影響があるのでは、これが私の完全なる身勝手な私見です。

とは言っても、イベント会場などへはマスク着用を義務付けていたり、専門家も手洗い、消毒、マスク着用をと呼びかけているしねえ。
世の中が「マスクしていないとダメ」、みたいになっています。
常日頃マスクをしない欧米人までが、完全なマスク姿になっています。
日本人はもともと、マスク着用者が極めて多いし、違和感ないのかな。
マスク不足で、花粉症の人はかわいそうだ。下手にくしゃみもできない。  

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2020年03月21日

飲み屋を元気にしよう

ここのところのウイルス騒ぎで、街のネオン街は元気がないです。
こんな状況だからこそ、東京、大阪で飲み歩いてきました。

新宿での定番は「やまと」です。
飲み物は激安、そのかわり食べ物はちょっとお高め。
店内はほぼ満席でした。良いことです。



やまとの次、二軒めは思い出横丁の中華料理店の「岐阜屋」。
チューハイを4~5杯飲んでできあがります。
木耳の玉子炒めが私の定番、酒に合います。
次は焼きそばで締めます。
ラーメン、チャーハン、餃子も安定していますが、普通です。



銀座ライオン、銀座7丁目店一階ビアホール。
ここのビールは私にとって日本一の旨さ。
浅草靖国神社、東京駅高輪ゲートウェイ駅を巡ってきたあとなので、歩き疲れもあってなおさら旨いです。





歩行者天国を歩く人の数は少し減ったみたい。





銀座はおしゃれ。
壁面に描かれた絵、立体感があります。


銀座の人出はいつもと変わりないくらいでした。


有楽町駅前。ちょっと人少ないかな。



寝台特急サンライズ瀬戸に乗る前に寄った、東京駅八重洲口にある立飲み屋。



乗車前にちょっと一杯と最初は決めていたのに、結果は生ビール2杯、サワー1杯、熱燗3本(4本?)とかなりいっぱい飲んでしまった。


小豆島の帰りに寄った、新梅田食道街の串カツ専門の立ち飲み店。


店のおばちゃんが、来店客がかなりと減ったと嘆いていました。
スナック、バー系は壊滅的だと。

大阪駅前はそこそこ人並みは多いです。



街の活性化のために、経済貢献のために、外で飲んでいきたいです。


  

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2020年03月21日

小豆島の旅

 人生初のサンライズ瀬戸乗車で高松へ到着後、これまた人生初の小豆島へ行きました。



 高松港から池田港行きのフェリーに乗りました。
 乗船後すぐに、船内売店のうどんを朝食で食べました。
 高松駅で食べたかったけれど、連絡線うどん店はまだやってなく、朝食を摂り損ねるかと思ったけれど、船内にあってよかった。



 船尾にはパンダのイラスト。





出航、ちょっとだけ、青函連絡船の出航風景を思い出しました。




高松を離れていきます。船旅いいなあ。






池田港フェリーターミナル。
バスの一日乗車券を購入。



池田港近くで出会ったカエルさんたち。




30分くらい池田港付近を散歩して、土庄港行きのバスに乗りました。
土庄町には、世界一狭い「土渕海峡」があることで有名?らしいです。





海峡横にある土庄町役場で「横断証明書」がもらえます。
台帳付きで200円也。



次は「迷路のまち」へ。
路地裏が多い島特有の道です。














迷路のまちを散策して、約2キロ弱歩いて土庄港まで行きました。
二十四の瞳の像



土庄港




土庄港観光センターでまた、うどんの昼食を摂ってから、福田港行きのバスに乗りました。
土庄から福田港まで約1時間、小豆島をほぼ西から東へ縦断する形です。
バスは若者の旅行客で満席、立ち客も出るほどでした。
その旅行者の大半は、オリーブ園で下車して、車内はガラガラに。

福田港で降りた人は私のほかに2人だけ。その2人は姫路行きフェリー乗り場へ急いで行ったようです。
土庄が都会なら、ここは鄙びた田舎、のどかです。観光客の姿はありません。



海の水がきれい、透き通っています。






次は大部港へバスで向かいます。
バス停横にはこんな魅力的な店が。うどんもあるようです。
土庄港で昼食にうどんを食べていなかったら入ったのに。




バスが来ました。よく見えないと思うけれど、行き先表示が「すいません回送中です」ってあります。
福田港が始発です。



観光客は島の東部は訪れないようで、乗客は他に一人だけです。


大部港へ到着、次は日生行きのフェリーに乗って、島を離れます。



フェリー乗り場はバスを降りて5分くらいで着きます。





鄙びたターミナルの2階は待合室と売店、食堂跡が。
時間が止まったような昭和の風景。



食堂は閉鎖されてそれほど日は経っていないように感じました。



昭和の雰囲気と、魅惑的なメニューが貼っています。
食べたかったなあ。



ターミナルの隣には喫茶レストランがあって、そこは営業中でした。
ナポリタンを作っているような、いい匂いがしてきました。




大部港を出航。
もともと、サンライズ瀬戸に乗るためのついでの小豆島訪問で、短い滞在時間でしたが、なんとなく名残惜しく感じました。
最近は旅に出ても、若い頃に比べて帰りが名残惜しくなる感覚もなくなってきました。これも船旅の魅力かな。













日差しが心地よく暖かだったので、約1時間の所要時間のうち半分以上、外で過ごしました。

日生港に到着。
徒歩での下船は、私ともう一人だけでした。あとはみんな、バス、自動車、バイク、自転車、そしてトラックでした。





日生港は、日生駅の目の前です。



日生駅は、以前、片上鉄道が廃止直前の頃、ついでになんとなく海が近いという理由で来て以来です。
あのとき、目の前に小豆島行きのフェリー乗り場があることを知って、いつかここから小豆島へ行ってみたいものだと思っていたのです。
あれから20年近く経ってしまいました。
今回、大部港から日生行きりフェリーを選んだのは、そんな理由からです。

昔は鉄道に乗ることしか頭になく、今回のような旅は選択肢から外れていました。
昔だったら、四国内の鉄道に乗りまくって、帰りも瀬戸大橋経由で帰ったんだろうなあ。

播州赤穂行きは115系ボックスシート車です。
なんて懐かしい、山陽地区にはまだ健在なんです。



このあとは、播州赤穂で野洲行き新快速に乗り換え大阪へ、途中下車して新梅田食道街で一杯(いっぱい)ひっかけて、新大阪から新幹線で名古屋へ帰りました。
  

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2020年03月21日

サンライズ瀬戸

 人生初めて、現存する唯一の寝台特急「サンライズ」に乗りました。
 中部地方在住者にとっては、名古屋を深夜に通過するこの列車を利用する機会は普通はないでしょう。
 今回、千葉から名古屋へ帰るついでに遠回りして高松まで行くことにしました。
 遠回りを超えて、行き過ぎているけれど。

 新型ウイルス騒動で乗車率はどうなんだろうかなと危惧していたけれど、個室はたぶん見た目は満室、のびのび座席は8割くらいで少し空席がありました。まあ、凋落していた頃の九州ブルトレよりはるかに高い乗車率です。

 まずは個室へ行く前の乗車時に、シャワー室最寄りの入り口に並んでシャワーカードを購入しました。
 ネット情報ですぐに売り切れるとのことだったので。









出雲との連結部。左、進行方向前部が瀬戸、後部が出雲です。




 車端部が私のB寝台個室。2階建て部分ではないので、天井が高くて快適でした。
 最初、寝台券を買うときA寝台を所望したのだけど売り切れで、偶然この部屋となりました。
 車端部は揺れるし、台車の真上だからうるさいはずだけど、まったく気になりませんでした。







 東京駅八重洲口の立飲み屋でかなり飲んでいたので、かなり酔っ払っています。
 それでも寝台車内で缶チューハイストロング9% ロング缶を1本飲みました。
 そんな訳で、横浜を出た時点で記憶はシャットダウン。
 名古屋や大阪の通過(運転停車?)も、記憶になく爆睡。
 朝、相生手前で目覚めて、乗車時に購入しておいたシャワーカードを持って、シャワー室でさっぱりしました。
 うーん、でもプチ二日酔いかな。



 日の出です。夜行寝台に乗って朝を迎えるなんて、何年ぶりだろうか。
 浦佐駅で大雪のため立ち往生した停車中の「あけぼの」の中で朝を迎えたのが最後です。




 岡山駅。出雲との切り離し作業は大人気、ギャラリーがたかっています。
 みんな鉄道マニアかいな。一般人ぽいけれど。




 瀬戸内海が見えてきました。朝日がまぶしい穏やかな景色。






 何度通っても、瀬戸大橋という巨大建造物には感動します。
 人間の手でこれが造られたと思うと、技術力には偉大なものを感じます。




 日本で2番目に長い、南備讃瀬戸大橋を通過中。
 瀬戸内海のいくつもの小島を土台に、巨大なピアやアンカレッジを建てて、いくつもの橋をつないで本州の児島と四国の坂出を結んでいます。




 高架の坂出駅は高松へ向かう通勤客の姿が。
 東京や名古屋の風景と変わりません。
 昔は四国は全線非電化、ディーゼルカー王国だった往時の気配は微塵もしません。



 高松駅到着。




 駅近くの、宇高連絡船の錨のモニュメント。
 このあと、小豆島へフェリーで向かいます。








  

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2020年03月21日

靖国神社、東京駅

 浅草のあとは靖国神社へ向かいました。
 東京の地下鉄は頭の中に路線図が入っているはずだけど、私の記憶は昭和の路線図で止まっているので、スマホで路線図を見ながら路線と乗り換え駅を確認する始末です。頭の中の路線図は、平成以後に新規開業した路線が欠落しているもので。
 浅草から九段下が最寄り駅か、JRか有楽町線で市ヶ谷に出る選択もあるかと悩み、三越前乗り換えで半蔵門線を選択。三越前の乗り換え、遠かった。赤坂見附で半蔵門線永田町乗り換えも結構歩くことを知っているけれど、こちらの方が長かった。失敗。
 靖国神社へ行こうとしたのは、前日に桜の標本木が開花して東京に開花宣言が出たから。かなりミーハー(死語?)です。











 普段の人出を知らないので、多いのか少ないのかわかりません。


 お次は東京駅丸の内駅舎を見に、東京駅へ向かいました。もう完全におのぼりさんコース。
 九段下へ戻り、同じく半蔵門線で大手町へ。大手町で地上に出て歩いて東京駅へ向かうのが駅舎を見るには最適かと。
 これは頭の中の路線図で判断できました。

 大手町駅から地上へ。日本最先端のビジネス街。名古屋とは違うと思うのは偏見か。




 東京駅丸の内駅前は整備されて広い広場ができて快適です。
 新駅舎が出来てからは、初めての訪問です。








このあと、高輪ゲートウェイ駅へ向かいました。



  

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2020年03月20日

浅草寺

 ウイルス騒動で外国人旅行客がいなくなったとかで、これは歩きやすくなったのではと、東京へ出かけました。
 で、浅草寺です。
 たしかに、午前中ですが、歩きやすいです。
 欧米系の外国人はちらほらと見えます。

 名物の大提灯はメンテナンス中でありません。


 参道も人が明らかに少ないです。


 浅草寺のおみくじは、凶の含有率の高さで有名です。
 私も案の定、「凶」でした。
 だから、かいました。



 中小の飲食店が軒並み客が減って苦境に立たされているので、経済活性化のためにも、外出するつもりです。
 仲見世通りの一本裏道で、昔ながらの東京ラーメンを食べました。
 豚の出汁と鶏ガラの味がして、懐かしい。私が小さい頃の東京は、どこでもこういうラーメンだったはずなのに。



 このあとは靖国神社へ向かいました。


 ちなみに東京駅日本橋口。
 いつもは人通りが多いのに、閑散としていました。



 これは新橋のSL広場、氷雨降る中、人通りはまばらでした。  

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2020年03月20日

高輪ゲートウェイ駅

 行ってきました。
 ダイヤ改正2日目の日曜日。
 話題の「高輪ゲートウェイ」駅。
 前日の氷雨から一転して、良い天気でした。

 浅草よりも靖国神社よりも格段の人出です。ごった返しています。

 新型コロナウイルスなんてどこ吹く風ってな具合に、たくさんの人が来ていました。
 鉄道マニアよりも一般人がほとんどという感じです。
 みんな写真を撮りまくりです。いつからみんな、鉄道マニアになったんだ。

 









 この景色、今でも電車の基地ではありますが、ここは田町電車区、品川客車区、東京機関区の広大な敷地跡に駅ができました。
 当時を忍ぶ痕跡は、高輪ゲートウェイ駅にいる限り何も感じることはできませんでした。






 従前からあった、京浜東北北行線を山側へ行かせる立体交差は、位置を変え新設されました。

 「ゲートウェイ」発表されたときは違和感しかなかったけれど、人々にとけこんで行くのでしょうか。
 まあ、特に違和感もなくなりました。
 私はこれからも、「高輪」と呼ぶことにしよう。  

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2020年03月09日

コロナ対策

安倍、国会、棒読み。
行き当たりばったり。
知見なし、独善的。
今、この状況で正解はないかもしれないが、判断ミスを重ねていませんか。
商売をやっている人たちが、とばっちりを受けています。

食料品の流通が滞ったら、日本はパニックに陥ります。  

Posted by よっぱらいくま at 21:36Comments(0)TrackBack(0)政治・社会

2020年03月08日

道東の旅

 道東への流氷ツアーに参加しました。
 出発は羽田です。羽田発着の飛行機に乗るのは約25年ぶりくらいです。
 羽田は変わりましたねえ。





私は、飛行機が出発するときに作業員が手を振ってくれるこの光景は好きです。

離陸時に政府専用機に遭遇。




ディズニーランドが眼下に。

北関東のどこの上を飛んでいるのかさっぱりわかりません。
関東平野、広い平野に目立った特徴がありません。

やがて山が見えてきたと思ったら、大きな湖が。
猪苗代湖と会津盆地の平野だなと。




羽田で買った叙々苑の弁当を食べました。やっぱり旨い。





飛行機は時速846キロ、高度11887メートルを飛行中、外の気温はマイナス53℃。

襟裳岬が見えます。


釧路の市街地が見えてきました。


中標津空港にまもなく到着。


道東、何年ぶりだろう。
来たのは20年くらい前かな。中標津は標津線が生きていた昭和50年代後半、40年弱ぶりのはずです。
ツアーバスに乗り込み、中標津空港を車内から撮影。


鶴見台というところで。



翌日は羅臼へ。観光船に乗りました。
船は流氷を求めて驀進。


流氷はなく、急遽シャチを追うことに。
流氷よりも珍しいらしいです。





連絡を受けて他の観光船も寄ってきました。


バスで移動中、何度かキタキツネや鹿と遭遇しました。


ウトロへ向かう途中から流氷が見え始めました。




最終日は、北浜-知床斜里間で流氷物語号へ乗車。

途中、道の駅と一体の浜小清水で休憩。




北浜駅は観光客で賑わっています。

列車がやってきました。
詳細はこちらで。



知床斜里まで約30分乗車、網走港へ移動。

オーロラ号へ乗船。
今日は、昨日からの強い南風の影響で昨日まであった流氷は沖へ流れてしまった状態でした。
それでも流氷はあります。
私はびっしりと海面を覆い尽くしているよりも、このくらい海面が見えた方が流氷らしくて良いものと思うのですがね。
だって、びっしりだとただの雪原にしか見えないから。










帰りは旭川空港から。


  

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2020年03月03日

支援、私怨の発音、アクセント

コロナウイルスでマスコミも政治も大騒ぎ。
本当、前から気になっていた「支援」のアクセント。
テレビのアナウンサーはすべて、NHKを含めて平坦読み、「私怨」と同じアクセント。
本来は、前にアクセントを持ってくるべき。

安倍総理、その他政治家たちは正しく前にアクセントをもってきて発音してくれています。
私は「支援」を正しく発音してくれた安倍さん、その他政治家ここだけは支持します。

元凶は、ACのCМ、しつこくテレビで流れるアクセントが間違っていることです。
「ACは何々を支援しています」
この、支援、の発音を聞くたび、不愉快になります。
「私怨」があるのって、何か私的な怨みがあるのって、いつも突っ込んています。  

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2020年03月01日

政府専用機

道東流氷ツアーでは、羽田発、中標津空港行きの飛行機に乗りました。

滑走路端で離陸待ちしていると、政府専用機が着陸してきました。



あら、ビックリ


こちらが離陸中、横にいました。

  

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2020年03月01日

釧網本線 流氷物語号

団体ツアーに参加して、冬の道東を旅しました。
各地で流氷を見るツアーですが、流氷物語号にも乗りました。

よくあるパターンで、北浜駅から知床斜里駅までの乗車です。

北浜駅へ進入する列車。
なかなかよく撮れました。




鉄道ジャーナル3月号の表紙と同じ場所。
曇っていたので人影は写りません。




乗り込みます。

車内は満員ですが、先頭に行ったりして。


知床斜里駅到着。







肝心の流氷は、前日夜からの超強い南風で、前日までびっしりであった流氷をはるか沖まで吹き飛ばしてしまったそうな。  

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2020年02月29日

河合奈保子

可愛いだけのアイドルと思っていたけど、しっかり実力派だった河合奈保子です。

私はこの歌で大ファンになりました。

THROUGH THE WINDOW~月に降る雪~

元々外国の曲だけど、完璧です。

河合奈保子の歌唱力は、素晴らしい。  

Posted by よっぱらいくま at 20:09Comments(0)TrackBack(0)音楽・映画・テレビ

2020年02月15日

与那国島へ

「名古屋から石垣へ」の続きです。

石垣島から与那国島へ行きました。
私は、平成2年以来、30年ぶりの再訪です。

石垣空港は地上からの搭乗、のどかです。
写真も自由に撮れます。





滑走路へ、プロペラの真横の席です。
プロペラの回転数ではなくて、翼角度でパワーを調整しているようです。



滑走中から、離陸時は翼角度が開いていくのがわかります。





下には貨物船が。



眼下に与那国島が。



着陸。





与那国空港、超ローカルです。のどかだなあ。





レンタカーを借りて、日本最西端へ。
正真正銘の最西端です。
最南端は波照間島だけど、人が住んでいる公共交通機関でいけるという条件付きです。





道路はお馬さんが占拠、お馬さん優先です。



昼食を食べられる店も限られます。
小さな店に入りました。
定番の八重山そば、おいしかったです。



商店もあまりありません。
みやげの泡盛を物色。



地元沖縄の飲み物です。



休憩に入って、コーヒーを頂いたお店。



Doctorコトーのロケ地。



与那国空港。



帰りも地上アクセス。



石垣空港に着きました。
雨になりました。





  

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2020年02月15日

えちてつ(北陸本線)梶屋敷駅

「えちてつ」ではなくて、やはり、「北陸本線の梶屋敷駅」と言いたくなってしまう。

交直セクションを見て歩いてたどり着きました。
日本海側の雰囲気が色濃い駅前風景です。







古い民家?駅前旅館?風の木造建物の取り壊し工事が行われていました。



駅舎内も落ち着きます。





ここが窓口だったのか。
なんとなくキオスクの跡にも見えなくないです。





木の柱。国鉄を感じます。



右の鉄筋コンクリートの建物は廃墟みたいです。
なんの建物だったのか。



直江津方。

中線の待避線は途中で途切れています。



必要のない長いホームは途中でフェンスで区切られています。
ここに昔は旧客の編成が止まり、そして発車していった風景を夢想します。



ホームの糸魚川方は良い雰囲気でカーブしています。
ホームの端で写真を撮るのに良いロケーションです。
特急が走っていたときに来てみたかった。



駅裏の畑ではお年寄りが農作業をしています。
時間が止まったようなローカル駅、旅しているなあとしみじみと思います。



複線電化された幹線を一両の気動車が来て、乗り込みました。
せめて4両くらいの交直両用の電車が来てくれたらなあ。






  

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2020年02月14日

大糸線代行バスと糸魚川駅

千葉発南小谷行きのあずさ号に乗り南小谷まで、南小谷から乗り継いで糸魚川へ向かいました。
千葉駅へ進入するあずさ号、最新の車両です。



私、記憶をたどると183系時代のあずさには乗ったことはありますが、その後の後継車は一度も乗ったことがありません。
中央東線の長距離列車は、115系時代の新宿発長野行き普通夜行、165系の急行アルプス、オール2階建ての快速用電車などに乗ったことはありますが。
あまり中央東線には縁がありません。


景色を見ながら松本へ、そこから大糸線に乗り入れます。
大月、甲府、小淵沢と乗客は減っていき、松本でほとんど降りてしまいました。
数少ない乗客も信濃大町で残る半分ほどが下車、信濃大町を発車すると車内放送が「大糸線は大雪のため南小谷-糸魚川は不通となっている。運転再開は午後3時以降を予定」との案内が。えっー、もっと早く言ってよ、 松本までに言ってくれたら 松本で降りて長野へエスケイプできたのに、って心の叫びです。

続いて「代行手段を講じるので南小谷から先へ行く人は車掌に申し出よ」とのこと。


続いて「代行手段を講じるので南小谷から先へ行く人は車掌に申し出よ」とのこと。
そういうことかと、安心しました。

雪深くなってきました。



白馬では、欧米系の外国人が大量に降りていきました。スキー客かな。
南小谷駅到着前。



まあなんとなく雪深くなってきたけれど、この先不通になるほどには感じません。

南小谷駅前にはかなり古い型の路線用のバスとジャンボタクシーが待機していました。
バスは糸魚川直行、ジャンボタクシーは各駅停車用でした。
代行バスには欧米系の外人も幾人か乗ってきました。大糸線の末端区間に外国人旅行客が乗るなんて、隔世の感があります。
バスには代行の表示と「糸魚川行き・南小谷行き」の両面の表示もあります。
なんとなく、代行バスの運行は日常茶飯事の感があります。
結局、30名以上の乗客を乗せて、バスは糸魚川へ向かいます。



道路は完璧に除雪されていて、行き交うクルマやトラックは普通に走っています。



か細い大糸線のJR西日本の除雪能力と、税金で除雪される国道ではまったく除雪のパワーが違うようです。
これなら私でも、大糸線の末端区間の必要性に疑問を持ってしまいます。

1両の軽快気動車を日に数往復運行するだけなら、代行バスで十分輸送力を確保しています。
バスは順調に走り、糸魚川市街へ入っていきました。
交差する踏切から見る大糸線には雪は皆無、町中にも雪はありません。
なんで大糸線は雪で不通になるかね。
JR西は除雪する気なんてさらさらなく、午後になったら雪は自然になくなるだろうって程度だったんじゃないかと勘ぐりたくなります。



糸魚川駅へは約50分で到着、列車よりも速く到着しました。


 この区間は学生時代に乗って以来なので、乗っていれば約40年ぶりだったけど、乗れなかったというオチとなりました。

昭和57年撮影、今回乗れなかった区間の大糸線です。
キハ55です。









糸魚川駅、新幹線が開業してからは初の下車です。
昔は新幹線口には出入り口はなかったと思います。立派な駅になりました。
中には鉄道関係の展示コーナーがあって、キハ52も鎮座していました。





















思った以上に時間がつぶせて楽しめます。


在来線(えちてつ)ホーム。





一両のえちてつには不必要な立派なホーム
ここにちょっと前までは特急列車が、昔は電気機関車牽引の旧客が止まっていた風景を頭の中で描いてみました。


(イメージ)糸魚川駅ではありません。



大糸線も運転再開したみたいです。
停止位置にスノープロウから落ちた雪の塊が落ちているから、そこそこ積もっていたのかな。



えちてつとJR西大糸線の改札口、業務はえちてつが行っているようです。
筒石駅の入場券が売っていたので買いました。
特別に和暦表示も用意されていて、2.-2.14付け、語呂合わせで「つ・つ・いし」だそうです。
通常は西暦表示、2020.-2.11付け当日のものも合わせて買いました。



入場券コレクションから見つけました。
正真正銘、筒石駅へ行ったときに購入したものです。
日付がほとんど同じ、2.-2.12、訪問日は2.-2.11なにか因果を感じます。
同じ2年でも令和ではなく、平成です。
まる30年以上前!




こちらが新幹線改札口。



 駅の表口は今回、 時間がなくて出られませんでした。



新幹線に乗りました。



  

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2020年02月13日

交直切換セクション 糸魚川-梶屋敷間

元北陸本線、北陸新幹線開業に伴い三セク化され、現在は「えちごトキめき鉄道」線となっている糸魚川-梶屋敷間には、交流2万ボルト60Hzと直流1500ボルトのセクションがあります。
この区間に乗って、どでかい黄色い切換関係の標識はよく観察したものです。
今回、大糸線から新幹線に乗り継ぎ金沢まで行く予定だったのですが、時間が余っていたので糸魚川で何をして時間をつぶすか思案したところ、このセクションがあることを思い出して、現地に行って見ることにしました。
鉄道マニアも末期症状になると、こんなところにも関心、興味を持ってしまうのです。

糸魚川から梶屋敷駅まで歩きました。線路際にはほどよく自動車の交通量の少ない、歩きやすい道があるので快適です。暖冬のため、糸魚川の市街地はまったく積雪はなし。このシーズンで雪でも降っていようものなら、道路の融雪設備から水を撒いているので、雪はべちゃべちゃ、歩くのは困難なのです。

歩き始めて15分くらい、 歩行者用の跨線橋が現れます。
その上から梶屋敷方向を見ると、黄色い標識が確認できます。



近くへ行くと



「突入!ヨーイ」勇ましいフレーズです。
列車の中からは一瞬のためよく確認できず、間近ではっきり見ると迫力です。
そこから先へ進むと、今度は「切換」の標識。



ちょうど、えちてつの気動車が横を通過していきました。えちてつは高価な交直両用電車はJRから引き継がず、気動車を新製して運用しています。だから交直セクションの存在は関係ありません。この設備は実質、JR貨物の電気機関車のためのものでしょう。詳しく知らないけれど、電化設備の保守はJR貨物がしているのかな?











その先にはこういう標識が連続します。













架線設備が複雑になってきました。





「交流」の標識が二重に。



「交流」の標識の背後がいよいよセクション区間です。



死電区間の始まり。



特殊な架線です。









セクション区間の先に、「直流」の標識が現れます。





反対側、糸魚川方面の上り線の標識は、







これだけです。



交流から直流への切換標識は、これでもかと注意喚起しているのに、直流から交流へのは切換はあっさりしています。
交流から直流、2万ボルトから1500ボルトへよりも、電圧が高くなる直流から交流区間への進入の方が失敗するとヤバそうだけど、交流から直流への切換ミス、冒進の方が車両機器へのダメージが大きいのかな?

国鉄型の485系や475系交直両用車に乗って切換区間を通過するとき、床下から「バコンッ」とかなりの音がしていました。同時にエアコンが止まり車内の照明も消えて、セクション通過を体感できましたが、最近の車両はエアコンこそ止まるものの照明は消えず、床下からの衝撃音もかすかでよほど注意していないとわからないしエアコンも静かなので、セクション通過は車内ではほとんど体感できません。

下り線、梶屋敷方向への最後の標識。







セクション区間終わり。
梶屋敷駅まで徒歩で1時間半くらいでした。

電気設備の建屋があります。直流設備でしょうか。
北陸トンネル工事を担当した、トンネル工事の名門「岐阜工事局」の文字が。
こういった表示には、まだまだ国鉄を感じます。






梶屋敷発の上り気動車まで時間があったので、近くの神社に寄りました。
無人でしたが中に自由に入れて、お守りなどが置いていました。
お参りして、説明のとおりお金を奉納して、お守りを頂き、おみくじもやりました。
結果は「大吉」、楽しい小旅行でした。



手水の説明看板が、なぜかロリ風です。



梶屋敷駅から一駅乗って、糸魚川へ戻りました。
梶屋敷駅はこちら

気動車は空いていました。
車掌さんがすぐ来て、車補を発行してくれました。



さっき歩いて見た標識を、帰りの車内から撮りました。



そういえば歩いている時間も含めて約2時間以上、貨物列車を一度も見ませんでした。

その他の車上切換セクション区間を巡るのも楽しそうです。
常磐線、取手-藤代、北陸本線、敦賀-南今庄、羽越本線、村上の先、どこだっけ。村上-間島でした。
山陽本線、下関-門司間は門司駅構内なので近寄ることはできませんが、ホームの下関寄りの端に行けば見えるはずです。
その他にもいくつかありますが、思い出せません。
  

Posted by よっぱらいくま at 13:58Comments(0)TrackBack(0)旅行記

2020年02月02日

2020/02/02 R2

今日は、2並びの日です。

2020/02/02 しかも、令和2年。  

Posted by よっぱらいくま at 19:32Comments(0)TrackBack(0)日記

2020年02月01日

エアフォースワン

 映画、エアフォースワンを観ています。

ハリソン・フォードが大統領役。

今の、トランプや安倍を、アメリカの軍隊や日本の自衛隊員が命をはって守る気にはならないだろうねえ。
  

Posted by よっぱらいくま at 20:49Comments(0)TrackBack(0)音楽・映画・テレビ