2018年09月16日

逆噴射

中部国際空港で搭乗待ちのためデッキで飛行機を眺めていました。
外は大雨のため屋根のあるところで見ていました。
大雨の中、離着陸する飛行機は、凄まじい水しぶきをあげて、なかなか迫力がありました。
特に大型機が着陸後、すかさず逆噴射をかけるときが迫力です。



離陸のときはこんな感じ。



機内から見た逆噴射中のエンジン。


逆噴射と同時にスポイラーを目一杯立てて減速。


通常時はこれ。



大雨の中、駅を通過する新幹線も迫力あるけれど、大雨の中の飛行機もおもしろいです。

私は飛行機に乗るときは必ず窓側を希望します。
職場では皆、飛行機は通路側がよいと言います。私は鉄道でも飛行機でもいつも窓側で外の景色を見ています。
離着陸のときの風景、飛行中でも地図のとおりに下の地形が確認できるのはとても楽しいです。
琵琶湖や木曽三川など、地図のとおりに見えます。
雨の中の飛行では雲しか見えませんが・・・。

  

Posted by よっぱらいくま at 15:50Comments(0)TrackBack(0)日記

2018年09月15日

吾妻線と八ッ場ダム

群馬県に建設中の八ッ場ダム。
ダムの建設に伴って吾妻線の一部区間がダム敷にかかり水没するため、前後区間が大幅に付け替えられました。
機会があって建設中のダム見学会に参加して、吾妻線の廃線区間を堪能しました。


ここから先は線路跡は撤去されています。


本体間際に制限標識が残ります。




架線が弛んで残っています。






列車がすぐにでも走れそう。






日本一短いことで有名だった全長7.2メートルの樽沢トンネルは移動のバスの中から見えました。
ちゃんと案内してくれます。






本体上流の線路敷を生かして、ダム本体の材料を運ぶコンベアーが設置されています。


ダム下流の吾妻線の付け替え区間が始まったところの新線橋梁。
こんな所に新幹線が通っていたかしらと、勘違いしたくらい立派です。

八ッ場ダムの本体見学コースは、ダム直下に行くために吾妻線の廃線敷を必ず歩いて通ることになります。
工事区域なので、見学以外でこの廃線敷へ立ち入りすることはできません。  

Posted by よっぱらいくま at 17:41Comments(0)TrackBack(0)廃線跡、未成線

2018年08月16日

ミニ周遊券

昔、鉄道の旅で重宝したのが周遊券でした。
北海道、九州のワイド周遊券を持ち、島内の夜行に乗り継ぎ有効期限の20日間をめいっぱい使って旅ができたのは遠い昔の話しとなりました。

ミニ周遊券は周遊エリアは狭いものの、目的地へ普通にきっぷを買うのとたいして変わらない価格で購入できたのでよく使いました。

名古屋発着の東北方面へのミニ周遊券は経路の選択肢が多いので重宝しました。

「山形・蔵王ミニ」は経路が、
1.東海道本線(東名高速バス含む)、東北本線、福島から奥羽本線
2.     〃              、高崎線、上越線、羽越線(白新線含む)、米坂線
3.中央西線、篠ノ井線、信越本線、 羽越線(白新線含む)、米坂線
4.東海道本線(東名高速バス含む)、東北本線、仙台から仙山線
とあります。

「新潟・弥彦ミニ」の経路は、
1.東海道本線(東名高速バス含む)、高崎線、上越線
2.中央西線、篠ノ井線、信越本線(越後線含む)
3.東海道本線(高山本線含む)、北陸本線、信越本線(越後線含む)
とあります。
新幹線で東京経由、上越ルートが王道なんだろうけれど、距離的には最短ルートの中央西線長野経由があるのは急行「赤倉」があった名残でしょうか。米原経由北陸ルートや高山本線経由も選択できるというのも楽しいです。

「山形」は北陸ルートは選択できないけれど、仙台経由でも新潟経由でも長野経由でもよいという、楽しいきっぷでした。
「新潟」は北陸ルートが選択できるのがミソかな。
名古屋発着は、山形と新潟がたった約500円しか違わないというのもおもしろいです。山形の方が遠く感じるけれど。


どちらも日本旅行 大垣発行のトップナンバー、№0001です。




こんな便利で楽しく、そして往復きっぷ的に使える割安なミニ周遊券がなくなり、「周遊きっぷ」という制度ができたけれどこれは経路を指定したりと単純な往復きっぷ的に使うには面倒なセミオーダー式となったこと、窓口の対応も不慣れな係員が多く発券に時間がかかることもあって、短命に終わりました。

今はスイカを始めとするICカードが当たり前、長距離きっぷもネット購入で安くなったりの時代となり、アナログなきっぷ制度は衰退していくのでしょうか。
スマホで新幹線の指定ができて何度も変更可能なのはとても便利です。でも、特定市内発着制度や在来線特急との乗り継ぎ割引は適用外と、よーく考えると乗客に不利な面もちゃっかりあります。
EX-ICに限定せず一般のICカード使用での新幹線チケットレスの利用促進も、窓口の職員を徹底的に減らしての人件費削減が一番の目的だと思いますが。
これだけネットでのチケットレスが普及しているのに、名古屋駅に限らずどこの駅の窓口もいつも行列となっているのはなぜでしょうかね。  

Posted by よっぱらいくま at 15:53Comments(1)TrackBack(0)収集品

2018年08月04日

火星大接近

7月31日に火星と地球が最接近するとのニュース。

私もミーハーなのでとりあえず夜9時頃、空を見てみました。
確かに肉眼でも、赤っぽい星らしきものが輝いています。

写真も撮りました。
ニコンP900の出番です。
望遠めいっぱいプラス、デジタルズーム最大倍率です。
手持ち、カメラ任せ&酔っ払いです。

全然ピントが合わないなあ、ボケてしか写らんと思いながら何枚か撮りました。
あとでニュースで見たら、そういう類いの映像もなんかボケています。

これでよかったのかな。



  

Posted by よっぱらいくま at 15:47Comments(0)TrackBack(0)日記

2018年07月07日

保津峡駅 旧線廃線後

新線付替により、山陰本線旧線の保津峡駅が廃止されて約1年経った、平成2年の写真です。

新線に切り替わったのが平成元年で、平成3年からは嵯峨野観光鉄道のトロッコ保津峡駅として復活したので、この姿は2年弱の短期間のものでした。



























  

Posted by よっぱらいくま at 17:15Comments(0)TrackBack(0)廃線跡、未成線

2018年07月01日

熱海駅 新幹線今昔

熱海駅で新幹線を撮った写真が出てきました。
平成8年頃です。
あの頃は、0系、100系、300系が仲良く共存していました。
もう20年以上前なのですね。ほんの少し前のような気がしますが・・・。








こちらは1ケ月ほど前に撮影したもの。
昔の写真では、ホームには売店も弁当売り場もあることが確認できますが、現在はすべてありません。

  

Posted by よっぱらいくま at 15:35Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 国鉄・JR

2018年07月01日

博物館動物園駅

京成電鉄 博物館動物園駅。
平成9年に撮影したものです。

この前、東成田駅へ行って、こんな駅もあったなと思い出して、写真を探しました。
ネットで確認すると、平成9年に営業休止、平成16年に廃止となっています。
休止を知って見に行ったのかは、記憶にありません。
たしか「こち亀」で取り上げられていたので、行ったような気がします。

壁のペンギンの絵が、誰もいない古びた薄暗い構内で異彩を放っていました。





  

Posted by よっぱらいくま at 15:24Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 私鉄

2018年06月16日

古いホーム 嵩上げ

新橋駅で電車を待っていたとき、向かい側の山手外回り、京浜東北南行ホームの下にレンガの構造物を発見しました。
烏森駅として開業、東京駅開業とともに、旧新橋は汐留に、烏森駅が新橋となった頃からあるものでしょうか。
古い幹線だとどこの駅でもホームは、客車から電車に合わせてホームの嵩上げが行われています。
このホームも3段階くらい層ができています。









こちらは国府津駅。東海道本線の歴史ともに、何度も嵩上げされています。





こちらは蟹江駅。関西本線としての歴史は古いです。




  

Posted by よっぱらいくま at 17:13Comments(0)TrackBack(0)

2018年06月10日

芝山鉄道と東成田駅

成田空港にある芝山鉄道に乗ってきました。

芝山鉄道は東成田駅と芝山千代田駅間、たった1駅を結ぶ、日本一短い鉄道です。
建設経緯は、複雑な空港建設の歴史的背景の中でできたようです。
京成とほぼ一体の運転系統なんだから、京成にしてもよさそうだけど、がら空きの電車を運行し続けるために、補助金とかいろいろな関係で別会社にしておく必要があるのかなと思いました。

京成成田駅から芝山千代田行きに乗りました。
日中は、京成成田と芝山千代田駅間を同じ電車が40分おきに往復しているようです。
京成成田から東成田までは、かつての空港乗り入れ線。どえらい高速で飛ばします。京急の快速特急を彷彿させる走りです。東成田までの運賃は260円。結構な距離です。
東成田-芝山千代田は約3分間、がら空きの電車はあっというまに着いてしまいました。こちらは200円。ICカードは使えないとのことだったので、きっぷは成田駅で通しで買っておきました。



ホームの先は行き止まりです。





延伸の可能性も残してはあるようですが。




改札で乗車記念証明書をいただき、レンタサイクルを借りたいと申し出ました。
芝山鉄道では観光客には自転車をタダで貸してくれます。



昔のようにすぐに折り返して帰るようなことは、最近はしません。
終着駅でのんびりしたいし、成田空港なのだから、飛行機を間近に見てみたいと思っていました。

親子連れなど、少ないながらも体験乗車の客もいます。
そういえば、芝山鉄道は必ず警官が添乗警備していると聞いていましたが、往復ともその姿は見ませんでした。
芝山千代田では10人程度が下車しました。

さて、まずは航空博物館へ自転車で向かいます。約2キロの道程は、多少のアップダウンがありました。そして、やたらに警察車両が走っています。これが日常なのでしょう。

航空博物館は入場料500円。まあまあの値段だけどJAF会員割引で半額になりました。
親子連れを中心にかなりにぎわっています。鉄道博物館もそうだけど、マニアよりも一般人が多いのは共通です。







私は飛行機は門外漢ですが、エンジンとかコックピットとかは興味あります。
747前頭部のぶつ切り断面はおもしろいです。

次は飛行機が見える丘なるところへ行きました。
マイカー客でそこもにぎわっています。
ニコンP900を持ってきているので、飛行機写真に挑戦です。


離陸したところ。


着陸するところ。

鉄道写真と勝手が違って、いやはや、難しい。
P900のばけものズームの超望遠撮影ですが、ファインダー内で思っていたよりも高速で被写体が移動するので、補足するのが難しいのです。
航空写真では、コンデジでは限界があるようで、やはり一眼レフとマニュアルフォーカスが容易な超望遠レンズが必要と痛感しました。コンデジではとにかくピントが狂いまくるのです。

適当に撮影した後、芝山千代田駅へ戻って、次は東成田駅へ向かいます。







車内はがら空き。



車窓からは駐機場の飛行機がよく見えます。





東成田駅で下車しました。
噂では聞いていたけれど、なんとも不思議な駅です。もともとは成田空港駅。往時の賑わいがウソのような空虚な空間です。反対側のホームは照明も消され閉鎖されています。昭和の空気感が構内に漂っています。









フェンスで仕切られた閉鎖されている真っ暗な空間には、使われなくなった資材が無造作に置いてあります。









賑わっていた往時の面影が見えます。



改札の横に、第2ターミナルへの連絡通路があります。



誰もいない長い通路。利用者はいるのでしょうか。そこを通って空港第2ターミナルへ向かいます。



「空港第2ビル駅まで500メートル」の看板があります。



果てしなく続く通路



あと400メートル。



直角に折れる地点。



通路は続くよどこまでも。監視カメラが無数に設置されています。
誰もいないと思ったけれど、途中2人、すれ違いました。観光客ではない普通の利用者のようでした。



あと200メートル。



あと100メートル。

終点に近づくにつれて、カートを押す音や人の声がたくさん聞こえてきます。





東成田駅からここへ到着すると別世界の喧騒が。



清潔で明るい空間が広がっていました。

東成田駅、とってもディープな空間です。
廃墟と秘境駅をあわせ持った雰囲気です。成田空港の歴史に翻弄された駅ではないでしょうか。



右がJR、左が京成、どちらもにぎわっています。
スイカでさっと入場し、JRで成田駅へ向かいました。



N'EXは成田駅のホームのない中線を通過して、空港駅へ走り去っていきました。

  

Posted by よっぱらいくま at 16:19Comments(0)TrackBack(0)乗車記 私鉄

2018年05月19日

佐原 古い街並み 酒 居酒屋

千葉県佐原、今は合併して香取市となっていますが、以前は佐原市、そして駅名は現在も「佐原」です。
千葉県の北東部に位置し、東京からの鉄道の便は都心から100キロ圏内にもかかわらず不便極まりなく、東京までの公共交通は高速バスが担っています。
東京と佐原を結ぶJR総武・成田線に直通特急はなく、普通電車が日に一往復だけ、鹿島神宮から東京へ直通しています。
数年前までは特急「あやめ」があったのだけど、廃止されました。高速バスに負けたのが主な原因だろうけれど、鉄道の定時性、確実性は捨てがたく、確実に一定の需要は今でもあると思います。JR千葉支社は、地元からの復活要望に対しても、「あやめ」を復活させることはないと断言していて、残念なことです。
そんな、東京から名古屋へ新幹線で行くよりも時間がかかる不便な佐原は、「江戸優り」を謳う古い街並みが数多く残され、観光地化もしています。

まずは鉄道から





鹿島線と千葉方面の普通です。鹿島線からの乗換客が合流し、たくさんの乗客が乗り込みました。




小野川と電車。この小野川沿いに古い街並みがあり、たくさんの観光客が歩いています。










この写真屋さんは廃業していますが、昭和レトロ感満点のこの建物もむ新しい方なのでしょう。




街中のあちこちに、この円筒型ポストが現役で残っています。




このような観光船も。




私が感動した建物がこれ。
壁際に碍子でむき出しに設置されている、戦前からあるような単相2線式と言ってよいのかわかりませんが、1線ずつ並列してあるやつ。これが今でも現役であるのです。もうかれこれ30年以上、昭和のテーマ館とかに行かない限り見ることはありませんでした。





これまたレトロな笠のついた裸電球の外灯が接続されています。電球は電球型蛍光灯かLED電球のようでしたが。


続いて、居酒屋。古い街並みに似合う小さな居酒屋が、狭い路地の間に多数あります。
すべて現役で営業しているのかはわかりません。




















廃業している床屋さん。昭和です。




東薫酒造です。
酒蔵見学ができて、酒の試飲もできます。








試飲は、一番高くておいしい「叶」だけ1杯300円ですが、あとは無料です。
もちろん叶も試飲しましたが、なみなみと注いでくれました。
他もほんの少しずつ試飲させてもらいましが、結構酔ってしまいました。
試飲できるのも、クルマで来ていないからできる贅沢です。




なぜか街中には石材店が多数あります。







再開発が進み整然としてどこに行っても風景が同じ街よりも、こういう古い街並みが残っている街が好きです。
佐原には昭和レトロな古いスーパーもいくつか見かけました。  

Posted by よっぱらいくま at 17:44Comments(0)TrackBack(0)旅行記

2018年04月22日

飯田線

飯田線です。
本長篠付近、長篠城址のあたりで撮りました。





こちらは本長篠駅から分岐していた、豊橋鉄道田口線の廃線跡の道路。
本長篠駅から近くのところです。


  

Posted by よっぱらいくま at 15:53Comments(0)TrackBack(0)日記

2018年04月15日

旧型電機

国鉄時代の車両がいよいよ全滅に近くなってきました。
この歳になって、昔の貨物列車に懐かしさをとても感じます。
もっと記録に残しておけばよかったと、後悔です。

昭和53年頃、東北本線 大宮-与野間でとったものです。
58、15などが元気に走っています。














こちらは、東海道本線 茅ヶ崎-平塚間です。

  

Posted by よっぱらいくま at 16:05Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 国鉄・JR

2018年01月27日

無くしてわかるありがたさ 親と健康とセロテープ

三河安城駅のとなりにあるニチバンの工場。
新幹線の車窓からよく見えるこの宣伝。
一部マニアの間では有名です。



今年になってこの「無くしてわかるありがたさ 親と健康とセロテープ」というフレーズが消えていました。
先週、新幹線に乗ったとき、デザインが変わりこのフレーズも復活していました。
暗かったので写真は撮れていません。

やっと写真が撮れました。
セロテープの外箱そのものの、シンプルなデザインになりました。
以前は、セロテープが宇宙空間を飛んでいるようなシュールなデザインでした。

  

Posted by よっぱらいくま at 15:08Comments(0)TrackBack(0)新幹線

2018年01月15日

信越線 電車立ち往生

かなりの大ニュースとなった、信越線での電車が雪で一晩立ち往生した今回の一件。

JR東の対応はやっぱり、一言で言ってひどいと思った。
やっと、情報も出尽くしてきた感じなので、私の思いを書きます。

乗り合わせた客からの声は、JRの対応には感謝しているという声もあるようだ。
しかし、それは現場に来た職員らの働きのことである。
現場の運転士、救援に駆けつけた職員らは、本当に頑張ったと思う。

しかし、組織として、JR本体が今回のような事態に適切に対応したのかというと、はなはだ疑問である。
積雪の中、救援バスも手配できず、深夜暗い中、外を歩いて避難させることが危険だということは、そのとおりと思う。
しかし、車内にはたくさんの立ち客もいた状況で、これを放置したことは違うと思う。

なんとしても線路を除雪して、長岡なり大きな駅までの除雪をさせて移動させるのが使命だろう。
結局、今のJRに除雪能力はないのである。昭和40年代までの国鉄の除雪能力に比べたら、無能なのだ。

昭和35年や38年の、所謂35豪雪、38豪雪の教訓は、今のJRには引き継がれていないのだろう。
駅間では止めない、駅で止めるということが、わからなかったのだ。

今の新型車両、立ち往生したのも、JR化後の新型車両だ。
もし、これが国鉄仕様の115系や485系だったら、同様に立ち往生したかとも思う。
何が違うかというと、重さである。そして雪に対する抵抗力である。
新型車は軽い。もしも115系だったら、次の駅まで行けたかもしれない。
パンタグラフも新型車両は片パン、シングルアームが主流だが、雪の重みで離線もあって何度も止まったらしい。
シングルアームの方が表面積は小さいはずで、雪の抵抗も少ないはずなのに。
昔ながらの菱形パンタグラフの方がよかったかもしれない。

立ち客もいる通勤電車を救援するために、DD51の重連でも走らせれば、あの程度の積雪はラッセルできたのではないか。
DD51のスノープロウはかなり鋭角である。

DD51の床下の写真





電車や下手な今どきの除雪車よりもラッセル能力はあるかもしれない。でも、いま、DD51なんか配置されていないだろうね、JR東には。

38豪雪に比べれば、今回の積雪など「屁」のようなものだ。当時は市街地も雪で埋め尽くされて、2階からしか出入りできなかったのだ。今回はたかが1メートル未満の積雪である。

立ち客のいる電車を一晩放置するくらいなら、救援するために、なんとしても除雪して特急用車両を横付けさせて、そちらに乗客を避難してもらうことくらいできなかったのだろうか。

しかし、今の乗客、若者たちのなんと辛抱強いことか。
昭和40年年代なら、一晩立たせれるようなことになったら乗客は、スト権ストのときみたいに暴動が起きるぞと思ったものだ。
客が勝手に電車から脱出すると思う。

まあ、なんとも言えないけれど。車内で席を譲り合ったとか、美談みたいなことはマスコミは好きですねえ。

キマロキ編成なんて、今のJRには存在していないでしょう。
マックレー、ロータリー、ラッセル。

ま、懐古趣味のオヤジの国鉄贔屓の話しでした。  

Posted by よっぱらいくま at 21:28Comments(0)TrackBack(0)事故・災害

2018年01月13日

早起きの始発列車

ネットニュースを見ていたら、日本一早い始発電車という記事がありました。

以前、「時刻表1979年10月号」の中で、地方の超早朝発の列車のことを書きました。
1979年10月号では、早起き列車が
ナンバー1 福島3時18分発 仙台行き普通 
ナンバー2 金沢3時49発 七尾行き普通
だと思います。たぶん?。
これらは、昔は夜行列車が各線区を走っていたので、夜行からの接続という面もあったのかもしれません。
他に4時台後半発は各地にうじゃうじゃあるので、珍しくもなんともありません。

ネット記事では、九州の日豊本線 柳ヶ浦4時17分発門司港行きが日本一早い始発列車とのことです。門司港に6時10分着です。たしかに4時台前半に動き出す列車は、現在では珍しいでしょう。6時10分に終着駅に着いてしまうというのも、名古屋周辺のJRや地下鉄など、やっと始発から2~3本めが動き出し始める時刻です。
ちなみに、1979年10月当時の柳ヶ浦発門司港行きは、4時29分発で門司港着は6時10分着と着は現在と同じだけど、発時刻は12分遅いです。現在よりも所要時間は短かった、速かったのかと思ったら、現在は小倉の停車時間が長いだけで、小倉までの所要時間はほぼ同じでした。

それではと、現在の他に早い始発はないかと時刻表をめくってみました。
昔、行商人がたくさん乗っていた路線は早朝から走っていたので、常磐線なんかはどうかなと開くと、ありました。
勝田4時27分発上野行き。記事の電車の10分あとですが、十分に早起きでしょう。たぶんナンバー2の始発かなと。

昔、3時台から走り始めていた東北本線、七尾線や、4時台発がたくさんあった山陰本線も、今では5時台以降発しかありません。

日豊本線をよく見ると小倉方面の上りの特急もえらい早朝発が揃っています。
柳ヶ浦4時38分発、大分4時43分発と5時21発と続行しています。
全部チェックしていないのでわかりませんが、普通だけでなく特急も含めて、日豊本線のこの区間は日本一早起き路線のようです。

特急を見ると、北陸本線の金沢から大阪、名古屋方面も早いです。
しらさぎ号米原行きが5時00分発、サンダーバード大阪行きが5時35分発です。
でも、日豊本線の4時台発にはかないません。
北陸本線には、福井4時48分発の敦賀行きという結構早い電車がありました。


名古屋地区の鉄道各線が動き始めるのは、とても遅いと思います。JR、名鉄、地下鉄の各線すべてが5時30分以降しか動き始めません。終電を遅くするよりも、始発をせめて5時00分から動かしてほしいものです。東京のJR、私鉄、地下鉄は5時過ぎから動き始めます。
新幹線も東京、新大阪は双方とも6時00分発があるのに、名古屋は、6時20分発の博多行きのぞみ号と東京行きひかり号が始発です。名古屋も6時00分発を設定してほしいものです。

コンビニなんかなかった昔の方が、国鉄は早朝から動き始めていました。
  

Posted by よっぱらいくま at 16:36Comments(0)TrackBack(0)豆知識

2017年12月24日

在来線の特急たち 1980年代

各地で撮ったものです。


白鳥  青森駅



白鳥  金沢駅?



583 雷鳥  金沢駅



加越 金沢駅



583 有明 西鹿児島駅



にちりん 博多駅?





かもめ・みどり 肥前山口駅



金星 新下関駅付近



はやぶさ 名古屋駅



富士? 門司駅








  

Posted by よっぱらいくま at 15:35Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 国鉄・JR

2017年12月24日

上野駅1980年代

東北新幹線開業前の、在来線が主役だった上野駅の名特急たちです。






















駅撮りでも楽しかったです。  

Posted by よっぱらいくま at 15:17Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 国鉄・JR

2017年12月16日

動けない新幹線

ニュースを騒がせている、名古屋駅で身動きできなくなったN700。
金曜日、在来線で名古屋駅に着いたとき、しっかり見て撮ってきました。










切り離されている部分が間近に見ることができる、在来線12・13番ホームの先は、警備員がいて立入禁止されています。別にそこまでしなくてもいいのに。写真は10・11番ホームから撮りました。何人かやはり、見物人もいました。




新幹線ホーム上にも見物人がたかっていて、やはり警備員を配置しているようです。




聞くところでは、N700のかなり初期車みたいです。
台車に亀裂、営業線内で何日も立ち往生とは前代未聞です。
営業線上での新幹線の切り離し作業と車体のジャッキアップ、台車の取り外しなんて、新幹線50云年の歴史で初めてのことでしょう。
これまでに見ることができなかった貴重な景色です。
営業線上での長期間の立ち往生、まさかこんなに長引くとは思いませんでした。
そこまでは200キロ以上で突っ走ってきたんだから、時速5キロ程度でゆっくりと日比津まで引っ張っていけばいいじゃんと思いましたが、それができないほど重傷だったのでしょうか。
もしギアボックス等の焼損がなく異臭がなかったら、そのまま走っていたのでしょうか。

素人考えですが、0系から続く新型車、軽量化のために台車の強度や材質に無理はないのでしょうか。
そんなことはないと思うけれど。

最近は、在来線の架線切れとか事故続きですね、JRは。

  

Posted by よっぱらいくま at 16:42Comments(0)TrackBack(0)新幹線

2017年11月25日

名鉄 黒野駅今昔

名鉄揖斐線の旧黒野駅を先日、訪問しました。
廃止以来、公園として整備されたり、一時期511型が里帰りしたとかの話題は耳にしていましたが、平成13年9月30日の黒野-揖斐間と谷汲線が廃止されて以来、初めて行ってみました。
景色を比較するため、昔の、現役のときの写真を探してみました。










2番3番ホームと屋根が残っています。



どうでしょうか。750型が懐かしいです。







本揖斐行き電車が主に発着していた1番線から本揖斐方の風景です。







忠節方です。







黒野-本揖斐、谷汲線が廃止された日、最終が到着したあとに、このホームの時刻表をはずしているところです。







ちょっと角度が違いますが・・・。




黒野駅舎内には最近、喫茶店もオープンしました。



廃止されてもう、15年近く経ちました。線路跡は今でもかなり、残っています。  

Posted by よっぱらいくま at 16:27Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 私鉄

2017年11月24日

北陸3セクの旅

新潟から米原まで、旧JR信越本線~北陸本線を、両端のJRを含めて、3社の三セクを通しで乗りました。前回書いた、磐越西線の旅からの続きです。

北陸新幹線が開通して並行区間が3セク化されたからは、初めての乗車です。
新潟から直江津までは、JRの特急「しらゆき」という、最近?できた特急に乗りました。約2時間の快適なJRの最新車両の旅でした。何系というのかは知りません。昔だったら485系だったのでしょうが、485系も全滅ですね。


車内で、新潟駅で買っておいた駅弁を食べました。新潟駅は種類は少ないものの、私好みの駅弁が多く、買うときは迷います。今回はこれ。私の好物が詰まっています。





新津駅の構内は広く、まだまだ磐越西線のキハ47系統が数多く見られます。これも近い将来に消えていくのでしょう。



直江津に着いて、いよいよこれから、金沢まで3セク3社の乗り継ぎです。直江津駅の乗り換え通路には、駅弁屋さんが元気に営業中です。三セク駅になってもこの姿は変わっていないようです。北陸本線と信越本線のジャンクションだった直江津駅は国鉄時代から鉄道の要衝の駅でした。EF62やEF81がごろごろとたくさんいた広い構内に今、その面影はありません。
さて、えちごトキめき鉄道に乗り込みます。直江津駅のこのホームからは、昔はEF81に牽引された旧型客車、583が改造された419系、455系急行型アコモ改造車などに何度も乗り込んだ思い出があります。直近では2010年頃に金沢と直江津を455で往復したのが最後です。
えち鉄の泊行きは、予定通りの新型気動車1両。旧客の時代なら最低でも4両か6両。455、419でも3両編成。収容力は大幅減、それでも本数が大幅に増えていれば良いけれど、JR時代と大差ないです。案の定ほぼ満席で、かろうじて2列席の通路側に座ることができました。車内は立ち客も20人くらいいます。今日は土曜日の昼過ぎ、車内の客層はあきらかに地元の短区間乗車組よりも、乗り通しそうな客が多いです。車内がクロスシートだから、秋田地区の701系なんかよりもまだましですが。
直江津を発車したあとは、昔は485系が数多く疾走していた立派な線路の国鉄大幹線を、なじみの景色を見ながら走ります。1両の気動車と各駅の長いホームが違和感満点です。
トンネル内にホームがある筒石駅で、鉄道マニアが数人下車しました。最近、朝の情報番組で上越線の土合駅が取り上げられていたけれど、こういう駅がテレビで話題になる時代になりました。私らの世代の鉄道マニアなら当たり前の情報なんですがねえ。その番組で、土合だけでなく筒石も取り上げていたら、スタッフは通だのぉ~と誉めてあげたのに。
糸魚川で、たぶん大糸線か新幹線に乗り換える客と地元客がたくさん降りて、ようやく私も窓側に座ることができました。
親不知付近で国道と高速道路が海側に現れます。


親不知駅は駅名標のデザイン以外、何も変わっていません。


この区間は、親不知子不知をまさに体現しているのが、高速道路の建設場所です。海に張り出すしか場所がなかったのです。北陸新幹線は山の中を長大トンネルで貫いていますが。


市振駅です。ここがえち鉄と、あいの風とやま鉄道との境界駅ですが、列車はすべて泊駅まで行きます。


越中宮崎駅はとやま鉄道の駅だけど、ほとんどえち鉄の気動車しか通りません。時刻表を見ると、朝晩の2本だけとやま鉄道かIRいしかわ鉄道の電車が糸魚川まで乗り入れるので、その電車が走るのみです。




泊駅で乗り換えです。
この駅でのえつ鉄ととやま鉄との乗り換えは、同じホーム同じ線路に2本の列車を入線させるという、乗り換え客に楽な方法をとっています。


富山方から泊止まりの電車がえち鉄が止まっているホームに入線。

ホームではこんな感じ。





ホームには案内板もありますが、何人かの人は、乗務員に乗り換え方法を聞いていました。


泊駅、国鉄、JR時代には、降りたことはありません。下車は初めてです。国鉄時代から、泊始発の富山方面への普通列車はありました。





窓口はあり長距離切符も買えます。

実は私は磐越西線の旅のため、郡山駅でこちら方面への通しの切符を買おうと思っていました。
郡山駅で私は、郡山発で磐越西線、信越線、北陸3セク経由、金沢、名古屋と、通しで発券してもらおうと頼みました。郡山駅の窓口の若い女性駅員は長いこと端末を操作していたけれど、発券できませんでした。
指定された私鉄を挟んで、両端が国鉄、JRでの通し発券、連絡きっぷという制度があります。そうすると両端のJR区間の距離を通算されるので、遠距離逓減が効いて安くなったのです。ただしその条件は間の私鉄は1社のみでした。しかし、北陸本線が細分化して分断されたのだから、国鉄JR時代は当たり前だけど通しで買えたのだから、私は新幹線開業のために分断された3セク鉄道なら通しで買えるものと思い込んでいました。
しかし、やはり通し発券は1社のみしかできないと、郡山駅で格上の男性駅員が何か分厚い通達集か規則を持ってきて説明されました。結局、なぜか糸魚川までしか発券できないということで、この窓口で糸魚川から泊駅までの区間の乗り越し精算をすることになったのです。所属でいえば市振までは発券できたはずだけど、よくわかりません。要するにこの区間を乗り通すには、それぞれの3セク区間を細切れに買うことになるうえ、JR区間も分断されるということです。乗り換えばかりで切符は通しで買えず、完全なサービス低下であり割高になるのです。整備新幹線の開業と並行在来線の3セク化は、どう見ても理不尽です。
泊駅から名古屋までの切符も頼んだけれど、こちらは買えたけれど通しというか、泊-金沢間の切符と、金沢-名古屋の切符を分断して買えただけです。しかもカードで支払いを頼むとJR区間は使えるけれど3セク区間は現金しかダメということでした。それでも窓口氏はちゃっかりと、金沢-名古屋の特急券はいらないのと言ってくるので、しらさぎの名古屋行きか米原行きに乗るかは決めていなかったのでとりあえず、金沢-米原の特急券はささやかながらとやま鉄道が受け取るJRからの手数料分の増収に協力するために併せて購入しました。

郡山-名古屋の運賃、JR時代と3セク化した現在を計算してみました。
JR通し 10,480円
直江津-金沢 3セク化後 12,900円
差し引き 2,420円高くなりました。そして在来線特急がなくなった分、時間もかかるようになりました。

ちなみに、上越妙高まで行って、上越妙高と金沢間を新幹線利用で計算すると
こちらは直江津-上越妙高間はえち鉄となるけれど、前後のJRは通算されるので
郡山-名古屋(北陸新幹線経由) 10,720円と、3セク経由よりも乗車券は大差ありませんが、新幹線特急券の2,590円分(自由席)がもれなく加算されます。
名古屋から富山へ行くのにも、金沢で乗り換えさせられて割高な新幹線に乗らされるのはどうかと思います。せめて金沢-富山間は隣駅扱いの特定料金の適用でもしてくれたらと思います。乗り継ぎ割引はあるけれど。


泊駅前には古い駅前食堂が健在でした。


ホームの跨線橋の柱には、古いレールがありました。


泊からは、金沢直通の電車を選んで乗りました。だって、富山の乗り換えが面倒だし、良い席に座れるかどうかもわからないし。

倶利伽羅駅もJR時代と変わりありません。いしかわ鉄道の駅名標はJRのものをそのまま使用しているようで、社名のシールが目立たないくらいの小ささで張ってありました。



金沢駅に夕方到着。ホームも駅構内も、乗降客があきらかに新幹線開業前よりも増えています。
今日は車内で酒は一滴も飲んでいないので、金沢駅名店街にあるお気に入りの店「山さん」で日本酒を飲みました。ここの鰯の刺身はやっぱり旨かったです。おでんももちろんで、いつもの倍食べてしまいました。

金沢からは、3セクに比べれば遙かに快適なしらさぎに乗って、名古屋へ帰りました。
感想としては、覚悟していたからか、直江津から金沢まで、時間はたっぷりかかったけれど、なかなか楽しかったということです(直江津-糸魚川間は除く。やっぱり1両はひどい)。最も移動だけが目的だったら、選択肢にはならないでしょうね。しらゆきで上越妙高まで行って、北陸新幹線に乗り換えて金沢へ向かった方が賢明でしょう。
  

Posted by よっぱらいくま at 17:47Comments(0)TrackBack(0)乗車記 JR