2023年01月29日

この前の寒波 JR西の対応

先週の寒波(あえて大雪とは書かない)での、京都周辺の東海道本線(あえて琵琶湖線、京都線とは書かない)での多数の電車の立ち往生。車内に缶詰にされた乗客は本当に大変だったと思う。
JR西の現場の職員は苦労したと思うが、何時間も電車を止めた上に多数の乗客を車内に閉じ込め続けさせた判断は、完全に間違っている。
トイレがある221、223、225系なら百歩譲って許せても、トイレのないロングシートの207系なんかも乗客を缶詰にしていた。まして立ち客も多数いるなかである。健常者でも耐えられそうもない状況だ。

線路を歩かせるのは危険だという意見は一理あるが、長時間車内に缶詰にされる方がよっぽど命の危険がある状況ではないか。
まずは、何が何でも電車を最寄りの駅まで動かすことができないのだろうか。
凍結によるポイント故障だと言い訳しているようだが、ポイントが動かなくても前後には電車は動かせるだろう。時速5キロ程度でATSなど切ってゆっくり動かして、昔の代用閉塞的な運用でホームに着ければ良い。ホームに別の電車が止まっていて詰まっているのなら、その電車をホーム編成半分分移動させて、途中駅に停車してしまった電車の編成半分をホームに着けて乗客を降ろすとか発想できないのだろうか。危険だとか、規則でできないとかはすべて言い訳である。乗客の命の安全のためにも、できることはやるべきである。何時間も水もトイレも自由に使えない車内に何千人もの乗客を閉じ込める方が明らかに非人道的である。
何時間も車内に閉じ込めたあげく、結局最後は線路を歩かせていたではないか。

ポイントの凍結も、降雪予報が8センチだったから、規則では10センチ以上から作動させる決まりだから融雪装置を作動させなかったなどと、子供の言い訳レベルである。そもそも「融雪装置」ってなんだ。雪国では標準装備の電気融雪器のことか。それだったら、凍結したら即スイッチを入れるだけのことだろうが。昔からおなじみのポイント下に置くカンテラのことを言っているのなら、「融雪装置」なんて大層な装置みたいな言い方するな。カンテラをポイント下に置いていく人員が手配出来なかっただけだろう。降雪予報が8センチだったから、急激に降雪があって気温が降下しても人員のやりくりもできず、手も足も出なかったというとこが事実なんでは。

ダイヤの乱れを自動修正することにも不具合があったとか。
今はすべてコンピュータ、自動制御任せだから、超低速で人の判断だけで電車を動かすこともできないのだろう。
AIだとかITだとかが時代の先端、すべてがそういうことに任せることができるようになるとかいう風潮だけど、カンテラをポイントの下に置くのも、雪かきするのも、現地でポイントを補修するのも、結局は人の手に頼ることになるのだ。AIにすべて置き換わるなんて戯言である。

JRに限らず、現代の組織、役所も会社もすべて、平時に仕事をまわせるだけの最低限の人員しかいないから、災害時にはすべて機能不全、ストップして思考停止に陥るのだろう。
余力というものを現代はすべて、「無駄」という言葉で削減してきた結果だろう。ここのところ躍進している関西系の政党がいつも言ってやってきたことの結果なのだ。

乗客もインタビューなんかでも、災害だからJRを責められないなんてやさしいことを言っている人もいたけれど、完全に人災だし、JRの対応は非人道的だったとしか私は思わない。
車内から救急車を呼んで運ばれる人が出た時点で、JRの対応は完全な大間違いなのに、社長だかなんだかの会見で「今回の対応に問題がなかったか精査したい」みたいな寝ぼけたことを言っていたけれど、精査するまでもなく、完全に「間違い、大失態」でしたから。逃げ道を作るために、多数の問題があったと最初から言わないのが役所、役人、政治家たちの常套手段である。そして、間違いがあってもこう言う。「間違っていたのではなく、やり方考え方を変える」と。
所詮、大JR様は完全に硬直化している役所、そして上層部は自らの責任で判断できない、木っ端役人であることを証明させたようなもんだ。

しかし、たかが十数センチの降雪で鉄道が機能不全に陥ることが、一番問題である。本来、鉄道はクルマに比べて雪に強い交通機関のはずだった。地方の小鉄道会社などは小回りが利くのか、システムが単純なのか、雪が多少降っても平気なことが多い。それは大手私鉄でも言える。JRが早々とストップしたり計画運休を決め込んでも、大雪の早朝から私鉄は平常運行しているなんてことがままあるではないか。
今回も、また昨日、今日も、寝台特急「サンライズ出雲・瀬戸」は、JR西管内の大雪予報のため計画運休である。なんて情けないことか、最初から明らかに逃げているとしか言えない。公共交通機関としての使命は完全に放棄している。

話しを変えて、新名神高速の立ち往生もひどいものだった。
立ち往生しているのがほとんどトラックだったいうのも、日本の物流はトラックが99%担っているのだと実感する。乗用車がほとんどいなかったのは、大雪予報だったからだろうし正しい判断だと思うが、物流を担うトラックが雪予報だから単純に休むなどできないのが現実なのだ。立ち往生に巻き込まれたトラック運転手は本当にお気の毒だった。
雪装備をしているトラックが1万台のうち9999台いても、たった1台が雪装備をしていないために動けなくなり大渋滞を巻き起こすのだ。そういう車両には厳罰を科すべきだと思う。それは運転手を責めるのではなく、雪装備をしていない車両を運行させる荷主や所属運送会社が責任を持つべきだと思う。トラック運転手は雪の日も台風の日でも、運転せざるを得ない立場なのだから。

JR西の対応よりも高速道路会社の方が、除雪能力や人的能力もあるのではないか、と今回は思った。
ポイントが凍結したくらいで完全麻痺するJR西は、無能と思う。
何十時間も車内に缶詰にされた電車の乗客とトラック運転手の方々には、本当にお疲れ様でしたと言いたい。  

Posted by よっぱらいくま at 14:51Comments(0)TrackBack(0)事故・災害

2023年01月12日

JEFF BECK 死去の報

2023年1月12日、今日の夕刊を見て衝撃。
ロックギタリストのジェフベックさんが亡くなったとのこと。

決して一般にはメジャーではないと思うけれど、中日新聞夕刊社会面に大きく報道されたことはファンとしては感慨が。
中日新聞の編集部には大ファンがいるのかな。

高校の同級生の友人の影響で大ファンになりました、もう40年以上前。

そして私もギターを買いコピー(真似)しました。
スキャッターブレインとか大好き。
ほとんど真似(コピー)出来ず。

またひとつの時代が終わった。

平成の始め頃、横浜アリーナでのコンサートに行ったことが思い出されます。
テリーボジオ(ドラム)とかとの共演、良かったなあ。

もちろん忘れられないのは、盟友のコージーパウエルとの共演。
コージーと天国で、演奏してくれるかな。
(悲)  

Posted by よっぱらいくま at 20:16Comments(0)TrackBack(0)音楽・映画・テレビ

2022年11月23日

手宮線跡

北海道ツアーで小樽に泊まりました。
街中の散策よりも、こちらに行ってしまいました。

観光名所としても整備、保存されています。
小樽は初めてではないけれど、訪問して歩くのは実は初めてです。



広い道路との交差部にはこんな看板が。










踏切もそのまま残ってます。





途中駅も残ってます。約40年前までは生きていました。











ここで線路跡は尽きます。





道路を跨ぐ架道橋の橋台跡です。
桁下が2メートルくらいしかなく、交通の支障だったので、廃線後すぐに撤去されたと説明書きが。

反対側。その先に線路跡はありません。
  

Posted by よっぱらいくま at 17:20Comments(0)TrackBack(0)廃線跡、未成線

2022年11月08日

生筋子でイクラを作りました

今年は生筋子を購入する機会が多く、何度かイクラを作りました。

今回は特売で、150グラム以上ある筋子が半額以下で手に入りました。



作り方はネットに無数に紹介されています。
まずは40℃くらいのぬるま湯に塩を溶かして、その中で薄皮にへばりついている卵を剥がしていきます。
丁寧にきれいに取ってやります。


卵が取れたら何度か塩を入れたぬるま湯を取り替えながら、ゆすぐと同時に水の中に漂う薄皮など不純物を丁寧に除去します。
そうした後、ザルにとって水気を抜きます。


ザルで水抜きしている間に、漬けタレを作ります。
これはもう簡単。本当に適当です。
醤油2~3、みりん1、日本酒(料理酒)1くらいの割合で適当に入れて、火でアルコール分を飛ばしながら2~3分くらい煮沸させます。
それを常温まで冷まします。鍋をシンクに置いて底を流水にさらせばすぐに冷めます。


卵の量に見合ったタッパーにザルの卵を移して、タレをぶっかけてよく混ぜます。



冷蔵庫に一晩寝かせました。
出来たのがコレ。


身が大きくてプリプリ、旨い!


2000円で約300グラム強のイクラが出来ました。
昨今、イクラも価格高騰、昔は筋子は手間がかかるからか安く手に入ったけれど、今年は生筋子も高いです。
今回は生筋子が格安で手に入ったのでラッキーでした。
手作りのイクラは、市販品よりもはるかにおいしいです。
この時期にしか生筋子は流通していないので、スーパー等で見かけると買ってしまう私です。


  

Posted by よっぱらいくま at 18:40Comments(0)TrackBack(0)日記

2022年11月06日

川越駅 今昔

やぼ用があり、私の第2の故郷である川越に行ってきました。

これまでもブログに載せた、過去写真の場所で撮ってみました。
こちらが再掲の昔の写真。
1979年頃?です。



現在の川越駅ホームにて、見当をつけてこのあたりかなと。


昔の写真の電柱の左背後に写っている職員事務室らしき小屋が、現在も同じ場所に残っているではありませんか。
記憶を頼りに、同じ構図での撮影に成功です。ちょっと感動です。



西口駅舎です。
これは1982年頃。


背景に写るマンションは現存していますが、現在では、


同じ場所とは思えませんね。
  

Posted by よっぱらいくま at 09:44Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 国鉄・JR

2022年10月29日

飯田線 秘境駅号

もう何年も前から毎年、春秋に運転されている飯田線秘境駅号に乗ってきました。
予備知識は限りなくゼロで、JR東海ツアーズからの案内メールを見て、団体ツアーを申し込みました。
予約してから時刻表を見ると、臨時列車として指定席は一般発売しているんですね。
てっきり、この前の釧路湿原ノロッコ号みたいに団体専用企画列車かと思っていました。

私自身は、秘境駅を訪問するのにこういう特別の企画列車で訪ねるのはそれこそ「秘境」ではなくて「卑怯」だとほざいていました。
普通電車で訪ねて何時間も次の電車を待つのが本来の姿だし、秘境駅に人がわんさかいるのは不釣り合いと否定していたけれど、こういうツアーに乗っかって楽しむのも一興かと、年を取って考えが軟化してきました。
(学生時代みたいにパワーもなくなったし、ただ面倒くさくなっただけかも)




豊橋駅を発車してすぐに「豊橋運輸区の職員が皆様をお見送りしています」との放送が。
なんと盛大なお見送りか。





日車豊川への引き込み線も案内が。



新城駅に到着。ここでも歓迎。






新城駅舎はかなり年季はいっています。


駅舎内にはこんなレトロな案内地図が飾っています。(たぶん実用向けではない)


同じ方向に向けて373系が並ぶシーンは珍しいでしょう。


新城駅でもお見送り。



秘境駅を丹念に停車していきます。






団体ツアーなので昼食お弁当が配られます。
豊橋駅の壺屋でもたくさん売っていたけれど・・・。






通過する佐久間駅でもお見送りの人たちが。




トンネルとトンネルには挟まれた大嵐駅。
両方のトンネルは入り口は複線断面だけど、すぐ単線断面に。
駅構内の距離がないから、分岐部分のために複線断面になっているのかしら。



県境駅です。





皇后さまの旧姓表記として有名になった小和田駅です。








この辺りは愛知、静岡、長野の県境が絡み合っています。







小和田駅から下へ下ると廃屋がいくつか。







秘境駅に10分前後停車してホームを歩きます。



付替前の旧線の橋があることも案内放送してくれます。
鉄道ファン以外はあまり興味なさそうでした。


秘境駅ではない飯田線沿線の大都会との案内の平岡駅では約30分停車。


停車のたびに全員が下車する風景は、ある意味シュールな感じ。




駅前広場ではこの列車のために特設物販コーナーも。
長野県のキャラクター「あるクマ」君も登場。


秘境駅号は一応「急行」だけど、普通電車に追い抜かれます。



さきほどの物販の人たちが盛大にお見送りしてくれます。













トンネルの上から、職員に整理誘導されて順番に撮影。



駅名標を触るとお金持ちになれるらしい。



こちらは駅名標に触ると長生きできるらしい。みんな群がっています。





のどかです。千代駅は駅前に民家があってクルマもありました。

もう豊橋から5時間経過、さすがに疲れて(飽きて?)きました。
鉄道マニアの私でも、さすがに・・・。


ツアー終着の天竜峡に到着。秘境駅号自体は一般客を乗せて飯田駅まで行きます。
団体ツアーなので、天竜峡も簡単にガイドさん付きで案内されました。
こういうのもたまにはいいなあ。



天竜峡駅



駅前のおみやげやではお酒類も売っていました。
実は帰りの電車内の酒が手に入るのか、一番心配していたのです。
ビール、日本酒、ワインと一通りあり充実しています。
缶ビールはサッポロ黒ラベルが置いていたので、高評価です。



帰りは伊那路4号指定席です。
土曜日のためか、指定席が2両、自由席1両です。このツアー客が乗るので臨時に指定席を2両にしたのかもしれません。
1両の自由席も、平日に比べたら10倍は乗っていました。(平日はガラガラなので)
ビールに日本酒を味わいながら帰途につきました。
ツアー客への配慮か、一人客が相席にならないように一人で2席となるように、指定席の割り振りは配慮されていました。

行きは約5時間半、帰りは特急で約2時間半。なかなかヘビーな鉄道旅でした。
客層は鉄道ファンよりも夫婦連れなどの一般人がほとんどに見えたけれど、男性一人客も何人もいたので、私同様に正体は不明です。

豊橋到着直前に、秘境駅号ツアーのお客様へということで、出発時と同じように豊橋運輸区の職員がお迎えしていますとのことでした。伊那路4号も粋なことするねえ。
写真ではよくわからないけれど。



当日配布された案内です。





  

Posted by よっぱらいくま at 16:26Comments(0)TrackBack(0)乗車記 JR

2022年10月16日

釧路湿原 ノロッコ号

阪急交通社主催の貸切ノロッコ号に乗れるツアーに参加しました。



団体旅行なので制約も多い中、楽しみました。

釧路駅ではあまり余裕もなく出発。
添乗員さんによると、あまり早く駅に到着するなと指示があったとのこと。
阪急交通社主催の各地発の団体4組が4両の車両に分散して乗車。

さっそく宴会を始めました。
前日、池田町の町民ロゼを手に入れておきました。



車内はこんな感じ。
結構狭いです。1テーブルに6人詰め込まれるのは、大人にはきつい。
居心地は、冬に走るSL釧路湿原号の方がはるかに良いですね。


このツアーの目玉が、釧路湿原駅で約1時間停車して、細岡展望台まで往復できること。



とっとと展望台から戻り、じっくりと撮影。







最前部に50系の原型をとどめている車両が連結されていて、一般運転のときは自由席扱いだけど、今回は弁当やらなんやらの置き場として業務用扱いで、入れませんでした。


昼食用に釧路名物のさんまんまをいただいています。
初めて食べたけど、旨かった。




ワインも追加。


今回のツアー第2の目玉。
ノロッコ号は一般運転では、釧路から塘路までしか行かないけれど、このツアーは標茶まで行きます。
大変めずらしいこと。
塘路駅でも約15分くらい停車して撮影タイム。みんなホームに出ています。








標茶駅到着。
私らのツアーは一切の余裕なく、すぐにバスに乗り換えました。
かろうじて1枚だけ撮影。


標茶駅は今年の冬昨年の冬にさんざん散策、滞在したのでまあいいか。


今回もらったグッズ類です。
















  

Posted by よっぱらいくま at 16:21Comments(0)TrackBack(0)乗車記 JR

2022年08月11日

東海道本線 関ヶ原-柏原間にて 再

久しぶりです。

Sカーブ、連続撮影







最後の1枚、手前の草にピントが合ってしまった。



敦賀-今庄間が被災していたけれど、しらさぎも復活していました。
今日から再開したのかしら?

  

Posted by よっぱらいくま at 16:13Comments(0)TrackBack(0)撮影記

2022年08月07日

星陵高校 団体専用列車

高校野球、星陵高校がボロ負けしてしまいました。

それで思い出した昔の写真。
敦賀-新疋田間の超有名撮影地です。
松井選手が在籍していた頃のはずです。

星陵高校、JRの団体専用列車で応援団を輸送していました。
アルバムの前後関係から推定、1992年です。

EF81牽引の客車に485系ボンネット。
専用ヘッドマークまで作成して、豪華ですね。
今はバス移動なんだろうなあ。



  

Posted by よっぱらいくま at 15:05Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 国鉄・JR

2022年08月07日

刈谷駅 ホームの歴史

刈谷駅のホームです。



明治時代の東海道本線開業時のレンガ積みから、昭和期の客車主体時代の高さに嵩上げされて、現在の電車に合わせた高さに再嵩上げされているのがよくわかります。
正式にいつ頃工事されたのか知りたいところです。  

Posted by よっぱらいくま at 13:48Comments(0)TrackBack(0)駅と歴史

2022年07月23日

オーバーラン

武蔵野線でオーバーランがあり、ニュースとなりました。
その程度のことがニュースになる、イヤな時代です。
JRが積極的に広報しているのかな。
安倍さんが襲われた日だったら、微塵もニュースにはなっていなかったと思います。

私が高校、大学時代は東武東上線を利用していました。
日常茶飯事とまでは言わないけれど、オーバーランなんて珍しくもなかったです。
よく目撃したし、自分が乗っている電車が急停車して、バックさせて戻ることは特に珍しくもなかったです。
前面かぶりつきをしていたときもありましたよ。
運転士と車掌が連絡しあって、バックさせていました。
バックさせての停止では、失敗することもなく見事にスムーズに正確に停止させていました。

東武東上線は特に多いなと感じていたけれど、毎日乗っていたから遭遇する頻度が高かったのかも。
行きすぎたら、すぐにバックして、せいぜい1~2分程度遅れるだけで、何事もなかったかのように発車してような気がします。
おわびの放送すらあったりなかったりだったような。
放送があっても、「停止位置を直しますのでしばらくお待ちください」くらいな程度でした。
今でもそうじゃないのかね。
停止位置を直してドアが開閉して発車してから「ご迷惑かけました、次は○○です」ってな具合で何事もなかったように過ぎていくような。

今は何かと厳しいから、オーバーランも事故扱い1件みたいな報告義務もあるのでしょうか。
停止位置を直すにも、列車無線で指令に報告したりやなんやと、やたら時間もかけるような。
完全に10両編成全部がホームから外れるような派手なオーバーランはバックして元に戻すことはできず、次の駅まで行った場合なんかはニュースになっていましたね、昔も。

ニュースでは「ケガ人はいなかった」、なんでオーバーランでケガ人が出ることを想定するのか、不思議です。
大げさなことで。
確かに、急制動かけられると体を大きく揺らされるけれど、転ぶような人はいないです、普通は。
でも、満員電車でやられると、圧力はすごかったなあ。

運転士も大変な時代になりました。
いねむりは論外だけど。

東海道線 金山駅にホームドアが出来てから、金山駅に停車するときだけ妙に低速で進入して、慎重に停止するようになったことは笑えます。
ホームドアがあるから停止位置を正確に合わせるためだろうけれど、首都圏のJR、私鉄はホームドアが標準になっているけれど、通常どおりの減速具合で停車させています。
金山同様にすべての駅で慎重に停止させていたら、ダイヤ遅延は必至でしょう。
JR東海、大丈夫かいな。
将来、すべての駅にホームドアができるまでには、通常どおり停車させる訓練するのかな。  

Posted by よっぱらいくま at 16:12Comments(0)TrackBack(0)日記

2022年07月18日

北陸本線 セクション付近

米原から数駅の田村-坂田間には昔、交直セクションがあり、交直両用電車以外は田村-坂田間は気動車か、客車は短区間だけディーゼル機関車が牽引、田村駅構内で電気機関車との交換をしていました。

米原から客車に乗ったときのもの。
先頭で撮影したもの。こんな風景、今は撮影する機会もないですね。
今は米原-長浜間は新快速が毎時2本は乗り入れているけれど、この頃は2~3時間に一本くらいしか走っていませんでした。
駅付近の風景といい激変しました。


ディーゼル機関車が離れていく。


交流電気機関車、EF70が連結される。


湖西線との接続駅、近江塩津では、湖西線の永原までの区間に交直セクションがあったので、この区間の普通は気動車接続が大半(すべて?)でした。



  

Posted by よっぱらいくま at 15:14Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 国鉄・JR

2022年07月18日

人のいる風景2

以前、人のいる風景を集めました。
第2段です。
昭和50年代後半頃の古い写真ばかりです。























  

Posted by よっぱらいくま at 15:00Comments(0)TrackBack(0)写真・カメラ

2022年07月17日

○○のはなし

錦川鉄道に乗った翌日、新下関・下関と東萩を結ぶ観光列車「○○のはなし」という列車に乗りました。
「は」は萩、「な」は長門、「し」は下関ということらしいです。

下関から乗車しました。入線風景。


下関のホームは、階段側は電車に合わせてかさ上げしているけれど、九州側は昔の客車の高さです。
だから、○○のはなしも気動車に合わせて、階段からは遠い位置に停車しました。

境目ですが、わかりますかね。




発車時は駅員さんたちがお見送り。

車内はかんな感じ。



2車号です。
海側は低く、反対側は一段高くなっていて、海が良く見えるよう構造です。

1号車はすべて、海側へ向いています。
私は、普通のボックス構造の方が好きです。





久しぶりの山陰本線です。こんなに海の至近を走ります。
昔、旧客や50系客車に乗った区間、相当にご無沙汰です。
40年近く経つかな。


難読駅名の「特牛駅」


京都駅から629キロの阿川駅。
山陰本線は、京都から幡生までを結んでいるけれど、通しで走る列車は皆無だし、長距離特急もないし、分断されているのが実態。

駅前に臨時?カフェが営業中。飲み物やスイーツ系、ビールもありました。


私は、駅前に昔ながらの駅前商店、雑貨屋があったのでそこで缶チューハイを買いました。
帰りもあてにしていたのに、その店は帰り、16時頃は閉店していました。酒を追加しようと思っていたのに。






車内では午前中から宴会です。
下関駅構内のスーパーに、折尾のかしわめし(冷凍)があったので、それを昼食としました。





東萩駅。なんだか閑散としています。無人駅です。昔はたいそう観光客らで賑わっていたけどなあ。






しかし、昔からこんなに本数少なかったかしら。
益田、浜田方面、8時代の次が14時です。



萩駅では盛大にお見送りしてくれました。
観光で盛り上げようという姿勢し感じます。



帰りもたんたんと海沿いを走ります。







帰りは仙崎へ立ち寄ります。こういうサービス、良いなあ。
仙崎駅へ再訪したのも、間違いなく大学時代、約40年ぶりです。







人丸駅で交換。
亜幹線の典型的な配線、2面3線に貨物用引き込み線がある構造。
3番線は撤去されていますが。











下関と東萩を一日かけて往復、のんびりした良い旅でした。





  

Posted by よっぱらいくま at 16:17Comments(0)TrackBack(0)乗車記 JR

2022年07月03日

錦川鉄道と岩日線未成線

たぶん大学生の頃、40年ぶりくらいだろうか。
岩日線時代に一度だけ乗った、錦川鉄道に乗ってきました。

目的は「とことこトレイン」、錦町から先の未成区間に観光列車?が走っているのです。

岩国駅へ到着する列車。
隣のキハ47はJR岩徳線のもの。
機会があればこちらも乗りたいです。


岩国から2駅めの川西までは岩徳線です。


西岩国駅は大きく、ホームの長く、山陽本線が海線経由になるまではこちらが山陽本線だったから、ホームも長く立派です。


岩日線の開業は1960年。ちょうど新幹線の建設時期と重なっているので、かなり贅沢な構造です。


こんな小駅からも乗客が。


秘境駅として新たに設置された駅と車内放送で案内が。
イベント時には停車するとのことだけど、見た限り出入り口はなく、秘境というより卑怯だな。
どうやって建設したのだろうか。





錦町で乗り換えて、とことこトレインへ乗車。
遊園地のアトラクションみたい。
愛知万博で場内を走っていたとのこと。


未成区間はいきなりトンネルから始まります。
6月にもかかわらず、トンネルの中ははっきり言って、寒い。


トンネル内は光る石で地元の子供たちがデザインした装飾が。
途中停車して、降りて見物です。




駅ホームも設置されています。


鉄建公団が建設した新線らしい構造。



終点の雙津峡温泉。


とことこトレインはこのままクルツと回って帰ります。



ここから先は閉鎖されています。




帰りもトンネルの中で停止して、終着錦町着。


錦町駅で売っていたので、帰りはビール飲みました。


途中、なぜか非常停車。


運転士が降りて、列車の下に手を伸ばして作業しています。
何やら電話で確認してから、少しバックさせました。


倒木があって台車下に絡んだみたいです。
無事、除去できて出発。
10分くらい停車したかな。



帰りは岩国まで戻らず、ここで下車。

新幹線の新岩国駅乗り換えのためです。
昔は「御庄駅」でした。


今では乗換駅として案内されていますが、昔は時刻表などでも一切乗り換えできることは案内されていませんでした。
宮脇俊三氏の時刻表2万キロでは岩日線乗車に際して、地図を見ると近接しているので、あぜ道でもあるけば新岩国駅へ到達できるのではないかと予想して下車してみたと書いています。
実際は乗り換え通路があり、新幹線の高架下を歩いたと書かれています。
夕方に岩日線を降りて、その日のうちに東京へ帰れるなんて、新幹線は魔法の杖だと評しています。
岩国駅まで行ってバスで新岩国駅へ行ったら、最終の東京行きのひかりには乗れなかったのです。
だから御庄で降りて乗り換えるというのは、裏技だったのです。
夜行列車が当たり前にたくさん走っていた、そんな時代でした。

乗り換え通路はいまでも同じです。ただし正式に乗換駅として案内されていますが。

私も岩日線初乗車のとき、当時の御庄駅で降りて新幹線乗り換えを実行しました。











新岩国駅、昔と少しは変わったのかしら?
駅前は閑散としています。停車するこだまは1時間に1本。





  

Posted by よっぱらいくま at 15:42Comments(0)TrackBack(0)乗車記 私鉄

2022年06月28日

参院選

「さんいんせん」と聞くと、私の脳内変換では「山陰線」と変換してしまいます。
そんなことはどうでもいいけれど、今回の参院選はなんか、争点もなく、興味もわきません。

投票したい人がいません。
私は基本、自民党支持だけど、小泉以降の自民党ははっきり言って嫌い。

今回、投票率も上がらないと思います。
野党に入れたいけれど、どこもポンコツ。
入れたくない。

じゃあどうしたらと、ふと思ったのが、マイナス投票ができたらと。

有権者は、投票所で通常どおりの投票か、当選してほしくない党、候補者にマイナス票を投票を選択出来たらと。
どちらかを選択することができたら、投票率は劇的に上がる気がします。

具体的には、投票所でこれまでどおりの投票用紙か、マイナス投票用紙の選択をする。
当選させたくない候補者、政党にマイナス票を入れられる。

集計段階で得票数を差し引きする。

こうすれば、

どうせ当選するから投票に行かない。
どうせ投票しても落選するっていう人たちが投票に行くのではないですか。

知名度の高い人、大きな政党ほど、アンチが多いのでマイナス票が入りそうです。

こうすれば劇的に投票率が上がりそうですが。

  

Posted by よっぱらいくま at 21:04Comments(0)TrackBack(0)政治・社会

2022年05月14日

三河大塚駅付近にて

名古屋から豊橋へ帰る日曜の午後、三河大塚駅で途中下車しました。
目的は駅付近で東海道本線と新幹線の撮影。
毎週末、豊橋から名古屋へ東海道本線で帰る際、車窓を楽しんでいますが、三河大塚駅付近がなかなか良いなと感じていました。
岡崎-豊橋間の快速通過駅は、普通電車が30分おき、1時間に2本しかありません。
快速が15分おきに走っていて、豊橋-名古屋間はとても便利で速いけれど、通過駅利用はちょっと不便で時間も要します。

駅を降りて、あらかじめ地図で見当をつけておいた名古屋方向へ歩きました。
東海道線ともに、線路脇の歩道が新幹線の上を通っています。



新幹線が在来線の下を通るので、勾配がよくわかります。

さらに歩いて、星越トンネルの東京方から









結構、自然豊かです。
海を入れて撮りたいけれど、なかなか難しい。


新幹線の星越トンネル坑口の真上から。





向かってくるよりも、後ろから来る方が、シャッターのタイミングが難しいです。
スマホじゃ絶対に合わせられないな。












在来線と新幹線が交差する地点。
在来線と新幹線が同時に来るタイミングは果たせませんでした。
半日くらい粘れば撮れるかも。




やけに屋根が白いな。






やはり、向かってくるより、去っていく方が、シャッター押すタイミングが難しい。




  

Posted by よっぱらいくま at 16:34Comments(0)TrackBack(0)撮影記

2022年03月26日

伊那路の旅 その4

 陽もだいぶ長くなり、昨秋以来ご無沙汰だった飯田線特急 伊那路の旅を再開です。



辰野方から飯田止まりが到着。

 
 飯田駅に3本勢揃い。右端にJR東の電車も。





飯田の盆地風景を見ながら。





今日も宴会開始。
ファミチキ旨い。










小和田駅通過。
現在の天皇陛下が雅子さまとご成婚されたとき、旧姓の小和田にちなんで、「小和田駅」(こわだえき)に注目が集まりました。
最近はやりの秘境駅のひとつです。


直線の長いトンネル内では80キロで突っ走る感じ。



水窪駅に到着。






下りと交換。



城西駅付近の通称「渡らずの鉄橋」。
地盤の悪さから、トンネルが掘れずいったん対岸に渡り、すぐまた渡って戻るという線形です。
地図で見るとよくわかります。

今回は結構長い時間、前面展望を楽しみました。

運転席の後ろで前を見ながら、車掌さんともよく話しました。
この辺りは佐久間ダムの建設により付け替えられた区間だとか、城西の渡らずの橋は学生時代、もう40年くらい前に降りて写真を撮りにきたことがあるとかいろいろと。
車掌さんは、「まだ生まれていません」ということでした。

席に戻ってから、車掌さんが「中部天竜駅で交代する」と、わざわざ挨拶にきてくれました。

飯田-豊橋、約2時間半、今回もよく飲んだ良い旅でした。


  

Posted by よっぱらいくま at 15:43Comments(0)TrackBack(0)乗車記 JR

2022年03月21日

えち鉄 観光急行

えちごトキめき鉄道で、土休日を中心に、観光急行なる455系電車が一日二往復しています。
ホームページを見ると、座席指定食事付きで一日中乗れるコースもあるけれど、単独で自由席列車としても気軽に乗ることができます。

直江津D51レールパークに寄ってから、直江津から糸魚川への移動の手段として今回は乗車しました。



北陸本線として行き止まりの1番線ホーム、国鉄時代から何度、ここから発着する列車に乗ったことか。
国鉄交直電車急行色455系が止まるこの風景は、とても懐かしい。
旧客時代からのことです。





こんなサボも掲出しています。





「行き先幕を動かすので、写真をどうぞ」と車内放送が。






自由席車は413系です。
懐かしいボックス席。

どの程度乗るのか?、混むのか?と心配していたけれど、ガラガラでした。
これなら、往時の列車のようにボックス席占領、向かいに足を伸ばして、時刻表も置いて、昔のようにくつろげました。






車販も来てくれます。
直江津で1本買っておいたけれど、鉄道グッズとともにもう1本買っちゃいました。
写真も撮らせてもらいました。




走りも、往時電車急行と同じ。
クモハに乗ったので、モーター音も最高!
直江津発車時には、折り返し運転時の必須である、ブレーキ緩解確認のための1ノッチ入れてすぐにオフにする動作試験も昔と同じ。あ~あ、わかる人にはわかるでしょう。

急行だから各駅を100キロ以上で通過、う~ん素晴らしい。

地下駅の筒石ではしっかり徐行と案内放送。

そして、能生駅では停車。ホームを散歩できました。





海沿いのから新線に付け替えられてかなり内陸側に設置された、現在の能生駅です。
駅の前後は、長いトンネルに挟まれています。


糸魚川到着前には、えち鉄応援のための賽銭集めも。もちろん協力しました。

こんな賽銭箱があって、これを車販ワゴンのように移動させていました。




乗車記念と賽銭協力で、こんなカードをもらえました。
直江津で買った急行券も、昔の硬券と同じ。




糸魚川到着。


普段のえち鉄は気動車ですが、普通電車の運転には運転士の運用とか、架線の電気は普段は貨物の機関車しか使っていないはずだから、どういう扱いなのかも興味あります。


今回の旅は、豊橋から東京、北陸新幹線で上越妙高、えち鉄に乗り換えて直江津、糸魚川を経由再び新幹線で金沢、北陸本線、米原、東海道で名古屋までのきっぷを買うつもりだったけれど、豊橋では上越妙高までしか機械では発券できずとのことで上越妙高での乗り換えを考慮して東京で分断、東京駅でも直江津までしか発券できず。
直江津でも直江津-糸魚川単独。糸魚川から名古屋と、すべて分断する羽目になりました。
えち鉄1社だけを介すのだから、連絡運輸扱いで通しで買えるはずなのに、マルスにはそういう機能はないみたいです。
手書きなら発券できるとのことだったけれど、そんな時間はありませんでした。

あとで考えたら、上越妙高-糸魚川間の新幹線分は捨てても、豊橋-東京-北陸新幹線-金沢-米原-名古屋とJRのみで通して買った方が安かったのではと思いました。(計算はしていません、くやしいから)




金沢駅では私の好きな店へ。



この店は金沢出張に頻繁に行ってた時には常連だったのだけど、新幹線が開通してから現在は観光客が殺到していて、土日は常に大行列。
昔のように地元のサラリーマンが気軽に立ち寄ることはできなくなりました。

それでもたまには寄りたいから行列に並んで、幸い25分待ちくらいで入店できました。
味は昔どおり、旨いおでんと刺身です。
日本酒も旨いけれど、観光地価格になっています。


最後に、書くの忘れたけれど、えち鉄曰く、急行とは「急がないで行く」の略だとか。

  

Posted by よっぱらいくま at 18:27Comments(0)TrackBack(0)乗車記 私鉄

2022年03月20日

直江津D51レールパーク

東京で一泊しての帰り。
翌日、そのまま新幹線で東京駅から名古屋駅では芸がないと思い、お得意の金沢経由で帰るかと画策。
直江津から金沢まで、三セクをまたいで通しで乗るかと考えて時刻表を眺めていると、えち鉄で観光急行なる455系電車が直江津-糸魚川・市振間を一日二往復走っていることを発見。
午後の3号に照準を合わせると、直江津-金沢間を三セク通しで乗るのと同じ時間に東京を出て、直江津で19日からオープンしたD51レールパークに寄る時間を捻出できると相成って、糸魚川-金沢間は新幹線ということで行程は確定です。

東京発のはくたか号金沢行き自由席は、発車時点でほぼ満席、上野から乗ってきて完全に満席。大宮からは立ち客多数となり、高崎で少し降りたけれどさらに乗り込んできて通路もいっぱいに。
新幹線自由席に立ち客なんて何年ぶり、いや、20年ぶり以上の経験です。
軽井沢でだいぶ下車して、立ち客はゼロとなり空席もできました。
軽井沢までなら自由席も本数も多い、あさまに乗れば良いのにと思った次第。
東海道と違い本数は少ないし、3連休初日の午前中にも関わらず、コロナのせいか「はくたか」も「かがやき」も臨時は設定しないし。たしかまだ、まん延防止なんちゃらは解除されていないよねえ。密を避けろだ、県をまたいでの移動はどうたらと、いつまで言うつもりか、現実はこうだよね。
それに、速達型のかがやき号、今はなんと、昼間は設定がないんです、知らなかった。しかも連休なのに、そりゃ混むわ。

で、上越妙高で下車、直江津行きに乗り換えました。乗客は地元の利用者がほとんど。新幹線の混雑とはうってかわって普段の風景。

直江津でたくさん降りたけれど、同じ新幹線から乗り継いで直江津で下車してD51レールパークに行くと見える客は、他に誰もいませんでした。

駅前からは徒歩約3分とのこと。

昔の機関庫といった風情の、外見は超地味です。

1,000円払って中へ。客はあまりいません。
ちょうどD51が動くということで、牽引する車掌車に乗れるので整理券を配ると案内されました。








この車掌車2両に分乗です。
私は、蒸気機関車列車は乗るより外から見る方が楽しいと思っていたので、乗るつもりはなくその辺をうろちょろしていたのだけど、係員から発車直前に「乗らないの」と聞かれて、あまりにも客が少ないので、整理券はいいよと言われ、それじゃせっかくだから乗るかと、乗ったのでした。







ゴトゴトと低速で直江津駅構内まで往復するだけだけど、連結面を直に見る機会なんて今はありません。
それこそ、北陸本線を旧客が走っていた頃、最後に山陰本線から旧客が消えてからないことです。
こりゃ乗って良かった。
希望者多数で入れ替え制が原則で、二往復するのだけど、待ち客はいないので、係員さんから案内されてほとんどの人は二往復乗ったのでした。二往復でほんの20分程度でした。
車内は手作り感満載の簡素なボックス席が6つほどありましたが、私はずっとデッキで連結面と景色を見てました。


庫内でも、D51の移動や413系のヘッドマーク交換撮影会などあって、飽きることはありません。



















外観と入場口はこんな感じ。地味でしょう。
  

Posted by よっぱらいくま at 16:32Comments(0)TrackBack(0)旅行記