2020年05月06日

名鉄揖斐線 下方駅跡

 先日、岐阜へ行ったとき、名鉄揖斐線の根尾川鉄橋跡付近を車で走りました。
 昔はこの辺りでよく写真を撮ったものです。

 鉄橋の黒野駅方には下方駅がありました。
 結構、絵になる駅周辺でした。

 まずは昔の写真を。


 ほぼ同じ場所の現在。




 この場所から撮ったのが以下の2枚。

 対比できるように、現在の写真をトリミングして、画角を合わせて見ました。











 畑が柿畑になって、手前に新しい道路が出来ていて、築堤は草に覆われていて、変貌しました。
 背景の家屋もかなり変わっています。
  

Posted by よっぱらいくま at 14:17Comments(0)TrackBack(0)廃線跡、未成線

2020年05月05日

つつじの季節

 1年前と同じ場所で、つつじと電車を撮りました。
 変わり映えしないというか、去年より下手かな。
 昨年のはこちら






















 車内には乗客の姿も見えたので、なんとなく安心しました。  

Posted by よっぱらいくま at 12:06Comments(0)TrackBack(0)撮影記

2020年05月01日

オレンジカード

今、使えるのか、知りません、オレンジカード。

スイカが登場するはるか前、国鉄時代に登場した「オレンジカード」。
要するにプリペイドカードだけど、券売機で現金を使わずに切符に交換できるだけ。
その後、自動改札機に直接投入して通過できる「IO(イオ)カード」が出てきたけれど、オレンジカードも地味に存続していました。

平成のはじめ頃、コレクションとしてよく購入しました。
入場券よりも遥かに高額で負担が大きかったけれど、就職していたのでなんとかなりました。
学生時代だったら集めるのは無理だったろうな。
金額分はちゃんと切符を購入して使用していました。
未使用で収集するようなこだわりは、ありませんでした。
JR西はアイドルのオレンジカードの販売に熱心でした。
















テレカも今はあまり使いませんね。  

Posted by よっぱらいくま at 17:25Comments(0)TrackBack(0)収集品

2020年05月01日

昔の米原駅

「昔の」としたけれど、私にとっては、つい最近の気がしますがもう相当前のことです。
前にも載せた写真もありますが・・・。





新幹線口と反対側の東口は、昔のままでした。
平成一桁まではこんな感じでした。

夜の駅前風景。なんとレトロな。








東海道本線下り1番線は、新幹線の開業前は、「つばめ」が通過したり、「はと」が停車してにぎわっていました。
ホームには洗面台もあって、往時の雰囲気が残っていました。
今は跡形もありません。

乗換通路も今はありません。










東海の117系と西の117系が並びます。
その奥は北陸本線の交直両用車と西の221系が。




SL北びわこ号の歴史は結構、古いです。



  

Posted by よっぱらいくま at 16:50Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 国鉄・JR

2020年04月19日

新型コロナウイルス対策 石油ストーブ

ウイルス対策で空気清浄機の売れ行きが良いとか。

前々から思っていたのだけど、石油ストーブやファンヒーターとかを室内で使用すれば、
空気を燃やすわけだから、ウイルスとか細菌は完全に死滅しますよね。

エアコン暖房は、フィルターに付いた細菌やウイルスが室内に蔓延します。
だけど、ガスにせよ石油にせよ、燃やす系の暖房器具を使用することが、ウイルス対策には最も有効と思います。

暖房シーズンが終わりつつあるから書きました。
私見のつもりでも、こんなこと言って、灯油の供給や石油系の暖房機器が品不足になったら嫌だったので。
ま、私の私見ごときではならないか。

私は、石油ストーブ愛好者です。
暖炉にせよ囲炉裏にせよ、昔からある暖房器具って、換気さえ注意すれば、人に優しいのかもしれません。  

Posted by よっぱらいくま at 19:16Comments(0)TrackBack(0)日記

2020年04月19日

昭和の品川駅にて

 鉄道ジャーナルで品川駅を特集しています。

 それを読んで、昔の品川駅で撮った写真を探しました。

 川崎方にて、早朝から到着するブルトレです。


銀河


瀬戸


あさかぜ


みずほ



東京方にて、品川客車区を望む。
今は高輪ゲートウェイ駅前の再開発エリアのあたりかなあ。





新幹線に品川駅ができる前、0系が当たり前の時代。


品川駅臨時ホームでビアガーデンが開催されていたお話はこちら


  

Posted by よっぱらいくま at 09:06Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 国鉄・JR

2020年04月18日

鹿島鉄道廃線跡

常磐線の石岡駅から鉾田を結んでいた、鹿島鉄道。

現在、一部がバス専用道路となっています。
存在は知っていたけれど、たまたま通りがかったので写真を撮りました。


専用道路側が一時停止となっていて、遮断棒まで付いています。
鉄道時代は踏切があったはずだから、立場が完全に逆になっています。










駅ではなくて、バス停。


鉄道時代より本数は倍増。



在りし日の写真。
どこで撮ったのか覚えていませんが、たぶん桃浦駅付近です。

  

Posted by よっぱらいくま at 10:59Comments(0)TrackBack(0)廃線跡、未成線

2020年04月02日

マスク考2

テレビとかで4月1日の入社式とかいろいろ報道されています。

国会議員もみんなマスクです。

安倍ちゃんの布マスク、小さすぎます。

みんなマスクをしています。
どこで売っているの、?

マスクが売っていないと大騒ぎしているのに、役所も企業も、みんなマスクしているし。

このカラクリはなんなんですか。

そんなにあるのなら、医療機関とか不足して本当に困っているところへまわすべきです。
国会議員がパフォーマンスでマスクしなくてよろしい。  

Posted by よっぱらいくま at 21:14Comments(0)TrackBack(0)日記

2020年03月28日

マスク考

新型ウイルスのため、東京はじめ隣県も外出自粛令が。
鉄道会社、がんばれ。

これから書くことは完全な私見です。
私は学者でも専門家でもなんでもありません。
ネットでブログを書いているただの素人であり、ただの鉄道マニアです。

マスク不足が大問題となり、まったく市場には出回らなくなって久しいです。
さて、そのマスク、私は感染予防効果には疑問です。
テレビなんかのインタビューでマスクの人を見ても、鼻のあたりは密着していないし。
使い捨てマスクの繊維を通して呼吸する吸気量と、隙間からの吸気量はどのくらいの割合なんだろうか。

それよりも、マスクは呼吸に合わせて周囲のホコリ、ウイルス、バイ菌を付着させて人体への吸入量を減らしている訳だけど、そのウイルスやバイ菌がマスクにはずっと付着しているのですよね。
頻繁に交換すればよいけれど、今般のマスク不足で一つの使い捨てマスクを一日中つけているとか言う人や、何日も使うとか。それって不潔ではないですか。洗うとか言う人もいるけれど、それは帰宅してからですよね。

 だって、マスクは口のまわりを覆い、周囲のバイ菌、 ウイルス、ホコリを吸着させているうえ、人の呼吸を受けて常に適度な湿度と温度を保っているので、ウイルスやバイ菌の生存、増殖には極めてよい環境だと思うのです。
それを食事や水分補給の都度、手でつかんで取り外したり付け直したり。
食事のときは外してポケットにしまい、また付けるとか。
マスクにより、口の周りに常にウイルスやバイ菌を飼っているように思えるのです。

保菌者、罹患者、感染者がマスクすることは必須です。呼吸、くしゃみ、咳などでの飛沫拡散を防止する意味では極めて重要です。
あと、健常者でも常に無駄(偉そう)に咳をする人(中高年の男性に多い)とかね、これも迷惑だからマスク付けてください。

結局、何が言いたいかというと、真に必要な医療従事者、介護施設や病院など、抵抗力が低い人を相手に仕事をしている人たち、そして罹患者のために優先的にマスクが行き届くようにするべきで、健常者がみんなマスクを常用することで世の中からマスクが不足する事態が早く解決してほしいです。

使い捨てマスクは中国からの輸入が7割くらいらしい。これも不足に拍車をかけていると思う。
コストよりも、医療品は国内で賄えるような体制を作ることが大事なんではないでしょうか。
食料自給率も4割程度というのも、今後長引けば不安材料です。

健常者にマスクは不要、予防効果は低い、というか交換しないで長時間の着用は逆に悪影響があるのでは、これが私の完全なる身勝手な私見です。

とは言っても、イベント会場などへはマスク着用を義務付けていたり、専門家も手洗い、消毒、マスク着用をと呼びかけているしねえ。
世の中が「マスクしていないとダメ」、みたいになっています。
常日頃マスクをしない欧米人までが、完全なマスク姿になっています。
日本人はもともと、マスク着用者が極めて多いし、違和感ないのかな。
マスク不足で、花粉症の人はかわいそうだ。下手にくしゃみもできない。  

Posted by よっぱらいくま at 16:37Comments(0)TrackBack(0)日記

2020年03月21日

飲み屋を元気にしよう

ここのところのウイルス騒ぎで、街のネオン街は元気がないです。
こんな状況だからこそ、東京、大阪で飲み歩いてきました。

新宿での定番は「やまと」です。
飲み物は激安、そのかわり食べ物はちょっとお高め。
店内はほぼ満席でした。良いことです。



やまとの次、二軒めは思い出横丁の中華料理店の「岐阜屋」。
チューハイを4~5杯飲んでできあがります。
木耳の玉子炒めが私の定番、酒に合います。
次は焼きそばで締めます。
ラーメン、チャーハン、餃子も安定していますが、普通です。



銀座ライオン、銀座7丁目店一階ビアホール。
ここのビールは私にとって日本一の旨さ。
浅草靖国神社、東京駅高輪ゲートウェイ駅を巡ってきたあとなので、歩き疲れもあってなおさら旨いです。





歩行者天国を歩く人の数は少し減ったみたい。





銀座はおしゃれ。
壁面に描かれた絵、立体感があります。


銀座の人出はいつもと変わりないくらいでした。


有楽町駅前。ちょっと人少ないかな。



寝台特急サンライズ瀬戸に乗る前に寄った、東京駅八重洲口にある立飲み屋。



乗車前にちょっと一杯と最初は決めていたのに、結果は生ビール2杯、サワー1杯、熱燗3本(4本?)とかなりいっぱい飲んでしまった。


小豆島の帰りに寄った、新梅田食道街の串カツ専門の立ち飲み店。


店のおばちゃんが、来店客がかなりと減ったと嘆いていました。
スナック、バー系は壊滅的だと。

大阪駅前はそこそこ人並みは多いです。



街の活性化のために、経済貢献のために、外で飲んでいきたいです。


  

Posted by よっぱらいくま at 16:35Comments(0)TrackBack(0)日記

2020年03月21日

小豆島の旅

 人生初のサンライズ瀬戸乗車で高松へ到着後、これまた人生初の小豆島へ行きました。



 高松港から池田港行きのフェリーに乗りました。
 乗船後すぐに、船内売店のうどんを朝食で食べました。
 高松駅で食べたかったけれど、連絡線うどん店はまだやってなく、朝食を摂り損ねるかと思ったけれど、船内にあってよかった。



 船尾にはパンダのイラスト。





出航、ちょっとだけ、青函連絡船の出航風景を思い出しました。




高松を離れていきます。船旅いいなあ。






池田港フェリーターミナル。
バスの一日乗車券を購入。



池田港近くで出会ったカエルさんたち。




30分くらい池田港付近を散歩して、土庄港行きのバスに乗りました。
土庄町には、世界一狭い「土渕海峡」があることで有名?らしいです。





海峡横にある土庄町役場で「横断証明書」がもらえます。
台帳付きで200円也。



次は「迷路のまち」へ。
路地裏が多い島特有の道です。














迷路のまちを散策して、約2キロ弱歩いて土庄港まで行きました。
二十四の瞳の像



土庄港




土庄港観光センターでまた、うどんの昼食を摂ってから、福田港行きのバスに乗りました。
土庄から福田港まで約1時間、小豆島をほぼ西から東へ縦断する形です。
バスは若者の旅行客で満席、立ち客も出るほどでした。
その旅行者の大半は、オリーブ園で下車して、車内はガラガラに。

福田港で降りた人は私のほかに2人だけ。その2人は姫路行きフェリー乗り場へ急いで行ったようです。
土庄が都会なら、ここは鄙びた田舎、のどかです。観光客の姿はありません。



海の水がきれい、透き通っています。






次は大部港へバスで向かいます。
バス停横にはこんな魅力的な店が。うどんもあるようです。
土庄港で昼食にうどんを食べていなかったら入ったのに。




バスが来ました。よく見えないと思うけれど、行き先表示が「すいません回送中です」ってあります。
福田港が始発です。



観光客は島の東部は訪れないようで、乗客は他に一人だけです。


大部港へ到着、次は日生行きのフェリーに乗って、島を離れます。



フェリー乗り場はバスを降りて5分くらいで着きます。





鄙びたターミナルの2階は待合室と売店、食堂跡が。
時間が止まったような昭和の風景。



食堂は閉鎖されてそれほど日は経っていないように感じました。



昭和の雰囲気と、魅惑的なメニューが貼っています。
食べたかったなあ。



ターミナルの隣には喫茶レストランがあって、そこは営業中でした。
ナポリタンを作っているような、いい匂いがしてきました。




大部港を出航。
もともと、サンライズ瀬戸に乗るためのついでの小豆島訪問で、短い滞在時間でしたが、なんとなく名残惜しく感じました。
最近は旅に出ても、若い頃に比べて帰りが名残惜しくなる感覚もなくなってきました。これも船旅の魅力かな。













日差しが心地よく暖かだったので、約1時間の所要時間のうち半分以上、外で過ごしました。

日生港に到着。
徒歩での下船は、私ともう一人だけでした。あとはみんな、バス、自動車、バイク、自転車、そしてトラックでした。





日生港は、日生駅の目の前です。



日生駅は、以前、片上鉄道が廃止直前の頃、ついでになんとなく海が近いという理由で来て以来です。
あのとき、目の前に小豆島行きのフェリー乗り場があることを知って、いつかここから小豆島へ行ってみたいものだと思っていたのです。
あれから20年近く経ってしまいました。
今回、大部港から日生行きりフェリーを選んだのは、そんな理由からです。

昔は鉄道に乗ることしか頭になく、今回のような旅は選択肢から外れていました。
昔だったら、四国内の鉄道に乗りまくって、帰りも瀬戸大橋経由で帰ったんだろうなあ。

播州赤穂行きは115系ボックスシート車です。
なんて懐かしい、山陽地区にはまだ健在なんです。



このあとは、播州赤穂で野洲行き新快速に乗り換え大阪へ、途中下車して新梅田食道街で一杯(いっぱい)ひっかけて、新大阪から新幹線で名古屋へ帰りました。
  

Posted by よっぱらいくま at 15:42Comments(0)TrackBack(0)旅行記

2020年03月21日

サンライズ瀬戸

 人生初めて、現存する唯一の寝台特急「サンライズ」に乗りました。
 中部地方在住者にとっては、名古屋を深夜に通過するこの列車を利用する機会は普通はないでしょう。
 今回、千葉から名古屋へ帰るついでに遠回りして高松まで行くことにしました。
 遠回りを超えて、行き過ぎているけれど。

 新型ウイルス騒動で乗車率はどうなんだろうかなと危惧していたけれど、個室はたぶん見た目は満室、のびのび座席は8割くらいで少し空席がありました。まあ、凋落していた頃の九州ブルトレよりはるかに高い乗車率です。

 まずは個室へ行く前の乗車時に、シャワー室最寄りの入り口に並んでシャワーカードを購入しました。
 ネット情報ですぐに売り切れるとのことだったので。









出雲との連結部。左、進行方向前部が瀬戸、後部が出雲です。




 車端部が私のB寝台個室。2階建て部分ではないので、天井が高くて快適でした。
 最初、寝台券を買うときA寝台を所望したのだけど売り切れで、偶然この部屋となりました。
 車端部は揺れるし、台車の真上だからうるさいはずだけど、まったく気になりませんでした。







 東京駅八重洲口の立飲み屋でかなり飲んでいたので、かなり酔っ払っています。
 それでも寝台車内で缶チューハイストロング9% ロング缶を1本飲みました。
 そんな訳で、横浜を出た時点で記憶はシャットダウン。
 名古屋や大阪の通過(運転停車?)も、記憶になく爆睡。
 朝、相生手前で目覚めて、乗車時に購入しておいたシャワーカードを持って、シャワー室でさっぱりしました。
 うーん、でもプチ二日酔いかな。



 日の出です。夜行寝台に乗って朝を迎えるなんて、何年ぶりだろうか。
 浦佐駅で大雪のため立ち往生した停車中の「あけぼの」の中で朝を迎えたのが最後です。




 岡山駅。出雲との切り離し作業は大人気、ギャラリーがたかっています。
 みんな鉄道マニアかいな。一般人ぽいけれど。




 瀬戸内海が見えてきました。朝日がまぶしい穏やかな景色。






 何度通っても、瀬戸大橋という巨大建造物には感動します。
 人間の手でこれが造られたと思うと、技術力には偉大なものを感じます。




 日本で2番目に長い、南備讃瀬戸大橋を通過中。
 瀬戸内海のいくつもの小島を土台に、巨大なピアやアンカレッジを建てて、いくつもの橋をつないで本州の児島と四国の坂出を結んでいます。




 高架の坂出駅は高松へ向かう通勤客の姿が。
 東京や名古屋の風景と変わりません。
 昔は四国は全線非電化、ディーゼルカー王国だった往時の気配は微塵もしません。



 高松駅到着。




 駅近くの、宇高連絡船の錨のモニュメント。
 このあと、小豆島へフェリーで向かいます。








  

Posted by よっぱらいくま at 10:54Comments(0)TrackBack(0)乗車記 JR

2020年03月21日

靖国神社、東京駅

 浅草のあとは靖国神社へ向かいました。
 東京の地下鉄は頭の中に路線図が入っているはずだけど、私の記憶は昭和の路線図で止まっているので、スマホで路線図を見ながら路線と乗り換え駅を確認する始末です。頭の中の路線図は、平成以後に新規開業した路線が欠落しているもので。
 浅草から九段下が最寄り駅か、JRか有楽町線で市ヶ谷に出る選択もあるかと悩み、三越前乗り換えで半蔵門線を選択。三越前の乗り換え、遠かった。赤坂見附で半蔵門線永田町乗り換えも結構歩くことを知っているけれど、こちらの方が長かった。失敗。
 靖国神社へ行こうとしたのは、前日に桜の標本木が開花して東京に開花宣言が出たから。かなりミーハー(死語?)です。











 普段の人出を知らないので、多いのか少ないのかわかりません。


 お次は東京駅丸の内駅舎を見に、東京駅へ向かいました。もう完全におのぼりさんコース。
 九段下へ戻り、同じく半蔵門線で大手町へ。大手町で地上に出て歩いて東京駅へ向かうのが駅舎を見るには最適かと。
 これは頭の中の路線図で判断できました。

 大手町駅から地上へ。日本最先端のビジネス街。名古屋とは違うと思うのは偏見か。




 東京駅丸の内駅前は整備されて広い広場ができて快適です。
 新駅舎が出来てからは、初めての訪問です。








このあと、高輪ゲートウェイ駅へ向かいました。



  

Posted by よっぱらいくま at 09:18Comments(0)TrackBack(0)旅行記

2020年03月20日

浅草寺

 ウイルス騒動で外国人旅行客がいなくなったとかで、これは歩きやすくなったのではと、東京へ出かけました。
 で、浅草寺です。
 たしかに、午前中ですが、歩きやすいです。
 欧米系の外国人はちらほらと見えます。

 名物の大提灯はメンテナンス中でありません。


 参道も人が明らかに少ないです。


 浅草寺のおみくじは、凶の含有率の高さで有名です。
 私も案の定、「凶」でした。
 だから、かいました。



 中小の飲食店が軒並み客が減って苦境に立たされているので、経済活性化のためにも、外出するつもりです。
 仲見世通りの一本裏道で、昔ながらの東京ラーメンを食べました。
 豚の出汁と鶏ガラの味がして、懐かしい。私が小さい頃の東京は、どこでもこういうラーメンだったはずなのに。



 このあとは靖国神社へ向かいました。


 ちなみに東京駅日本橋口。
 いつもは人通りが多いのに、閑散としていました。



 これは新橋のSL広場、氷雨降る中、人通りはまばらでした。  

Posted by よっぱらいくま at 21:40Comments(0)TrackBack(0)旅行記

2020年03月20日

高輪ゲートウェイ駅

 行ってきました。
 ダイヤ改正2日目の日曜日。
 話題の「高輪ゲートウェイ」駅。
 前日の氷雨から一転して、良い天気でした。

 浅草よりも靖国神社よりも格段の人出です。ごった返しています。

 新型コロナウイルスなんてどこ吹く風ってな具合に、たくさんの人が来ていました。
 鉄道マニアよりも一般人がほとんどという感じです。
 みんな写真を撮りまくりです。いつからみんな、鉄道マニアになったんだ。

 









 この景色、今でも電車の基地ではありますが、ここは田町電車区、品川客車区、東京機関区の広大な敷地跡に駅ができました。
 当時を忍ぶ痕跡は、高輪ゲートウェイ駅にいる限り何も感じることはできませんでした。






 従前からあった、京浜東北北行線を山側へ行かせる立体交差は、位置を変え新設されました。

 「ゲートウェイ」発表されたときは違和感しかなかったけれど、人々にとけこんで行くのでしょうか。
 まあ、特に違和感もなくなりました。
 私はこれからも、「高輪」と呼ぶことにしよう。  

Posted by よっぱらいくま at 11:34Comments(0)TrackBack(0)イベント

2020年03月09日

コロナ対策

安倍、国会、棒読み。
行き当たりばったり。
知見なし、独善的。
今、この状況で正解はないかもしれないが、判断ミスを重ねていませんか。
商売をやっている人たちが、とばっちりを受けています。

食料品の流通が滞ったら、日本はパニックに陥ります。  

Posted by よっぱらいくま at 21:36Comments(0)TrackBack(0)政治・社会

2020年03月08日

道東の旅

 道東
 への
流氷ツアーに参加しました。
 出発は羽田です。羽田発着の飛行機に乗るのは約25年ぶりくらいです。
 羽田は変わりましたねえ。





私は、飛行機が出発するときに作業員が手を振ってくれるこの光景は好きです。

離陸時に政府専用機に遭遇。




ディズニーランドが眼下に。

北関東のどこの上を飛んでいるのかさっぱりわかりません。
関東平野、広い平野に目立った特徴がありません。

やがて山が見えてきたと思ったら、大きな湖が。
猪苗代湖と会津盆地の平野だなと。




羽田で買った叙々苑の弁当を食べました。やっぱり旨い。





飛行機は時速846キロ、高度11887メートルを飛行中、外の気温はマイナス53℃。

襟裳岬が見えます。


釧路の市街地が見えてきました。


中標津空港にまもなく到着。


道東、何年ぶりだろう。
来たのは20年くらい前かな。中標津は標津線が生きていた昭和50年代後半、40年弱ぶりのはずです。
ツアーバスに乗り込み、中標津空港を車内から撮影。


鶴見台というところで。



翌日は羅臼へ。観光船に乗りました。
船は流氷を求めて驀進。


流氷はなく、急遽シャチを追うことに。
流氷よりも珍しいらしいです。





連絡を受けて他の観光船も寄ってきました。


バスで移動中、何度かキタキツネや鹿と遭遇しました。


ウトロへ向かう途中から流氷が見え始めました。




最終日は、北浜-知床斜里間で流氷物語号へ乗車。

途中、道の駅と一体の浜小清水で休憩。




北浜駅は観光客で賑わっています。

列車がやってきました。
詳細はこちらで。



知床斜里まで約30分乗車、網走港へ移動。

オーロラ号へ乗船。
今日は、昨日からの強い南風の影響で昨日まであった流氷は沖へ流れてしまった状態でした。
それでも流氷はあります。
私はびっしりと海面を覆い尽くしているよりも、このくらい海面が見えた方が流氷らしくて良いものと思うのですがね。
だって、びっしりだとただの雪原にしか見えないから。










帰りは旭川空港から。


  

Posted by よっぱらいくま at 13:55Comments(0)TrackBack(0)旅行記

2020年03月03日

支援、私怨の発音、アクセント

コロナウイルスでマスコミも政治も大騒ぎ。
本当、前から気になっていた「支援」のアクセント。
テレビのアナウンサーはすべて、NHKを含めて平坦読み、「私怨」と同じアクセント。
本来は、前にアクセントを持ってくるべき。

安倍総理、その他政治家たちは正しく前にアクセントをもってきて発音してくれています。
私は「支援」を正しく発音してくれた安倍さん、その他政治家ここだけは支持します。

元凶は、ACのCМ、しつこくテレビで流れるアクセントが間違っていることです。
「ACは何々を支援しています」
この、支援、の発音を聞くたび、不愉快になります。
「私怨」があるのって、何か私的な怨みがあるのって、いつも突っ込んています。  

Posted by よっぱらいくま at 21:05Comments(0)TrackBack(0)日記

2020年03月01日

政府専用機

道東流氷ツアーでは、羽田発、中標津空港行きの飛行機に乗りました。

滑走路端で離陸待ちしていると、政府専用機が着陸してきました。



あら、ビックリ


こちらが離陸中、横にいました。

  

Posted by よっぱらいくま at 18:31Comments(0)TrackBack(0)日記

2020年03月01日

釧網本線 流氷物語号

団体ツアーに参加して、冬の道東を旅しました。
各地で流氷を見るツアーですが、流氷物語号にも乗りました。

よくあるパターンで、北浜駅から知床斜里駅までの乗車です。

北浜駅へ進入する列車。
なかなかよく撮れました。




鉄道ジャーナル3月号の表紙と同じ場所。
曇っていたので人影は写りません。




乗り込みます。

車内は満員ですが、先頭に行ったりして。


知床斜里駅到着。







肝心の流氷は、前日夜からの超強い南風で、前日までびっしりであった流氷をはるか沖まで吹き飛ばしてしまったそうな。  

Posted by よっぱらいくま at 15:03Comments(0)TrackBack(0)乗車記 JR