2020年12月20日

米子駅

サンライズ出雲に乗って、米子で下車しました。
夜行列車でやってきて米子で下車したのは初めてです。

米子鉄道管理局の建物を兼ねた米子駅舎は見納めのようです。
すでに駅機能は停止され、仮移転状態です。








工事が始まるようです。


境線のりばとある表示、境線部分はシールです。たぶんあの下は0番だろうな。

境港はゲゲゲの鬼太郎の街。
米子駅もいたるところにゲゲゲのキャラたちが。










最近、古レールの使用をアピールするようになってきました。鳥栖駅が先輩格では。


管理局駅舎が健在な頃、平成4年。

  

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2020年12月19日

居組駅 無くなってた!

今回、米子から山陰本線に乗って大阪へ向かう中、鳥取から浜坂行きに乗っていました。

廃駅になった訳ではありません。
居組駅に到着してふと、車内から駅舎を見ると、なんと駅舎がない。
正確に言うと、立派な古い駅舎がなくなり、小さなコンクリート造りの小屋みたいになっていたのです。
えー、なんですと。建替えちゃったんですか。
古い佇まいの居組駅は、私が一番好きな駅でした。

今の駅は、コンクリートの安っぽい、昭和の公衆便所みたいだよ。
正面は見ていないけれど。



在りし日の居組駅








今の居組駅






同じ位置での、昔の車窓から。





現在












跨線橋もなくなり、2番3番ホームも朽ち果てていくのでしょうか。
だいぶ前から跨線橋は使用中止になっていたけれど。





2番3番線のレールもあったけれど。



在りし日の居組駅














時間を作って、何回も途中下車したけれど、もう二度と降りることはないでしょう。

しかし、なんで建替えたのか。火事とかで焼失したとか、不可抗力だったのかなあ。  

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2020年12月19日

浜坂駅 今昔

山陰本線 浜坂駅、冬の浜坂はカニ。おいしい松葉カニが、城崎温泉あたりの高級旅館に比べはるかに廉価に食せます。
そんな浜坂は今、優等列車は播但線経由のはまかぜが一日2往復しかありません。昭和の時代は、大阪、京都を結ぶ特急、急行が何本も停車していたし、寝台特急出雲も停車していました。
鳥取は京都・大阪とを結ぶ智頭急行経由の「スーパーはくと」や、岡山とを結ぶ「スーパーいなば」があり、米子、松江、出雲市は岡山からの伯備線経由の「やくも」が、それぞれ頻発しています。
山陰本線の城崎温泉-鳥取間は、優等列車に見放された、不便なローカル線状態です。
近代化という点でも、この城崎温泉-鳥取間は、餘部鉄橋のコンクリート橋への架け替え以外、近代化からは取り残されています。
そんなところだから、雰囲気は良いです。
浜坂駅自体も、昔からほとんど変わっていないイメージです。
要するに「好きな駅」、「好きな路線」です。


駅前の景色も昔とほとんど変わっていません。




「鉄子の部屋」という、ミニ鉄道資料館があります。


改札と1番線が直結する2面3線ホーム、貨物用の引込線もある、典型的な「国鉄亜幹線標準型」の駅です。


蒸気時代の給水塔も残っています。



現在


昭和58年頃。
この頃は、2番3番ホームには売店とそばうどんスタンドもありました。


現在


昭和58年頃



カニの街



  

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2020年12月19日

餘部駅 今昔

久々に餘部駅を訪問しました。前回、コンクリート橋完成直前以来です。この区間はキハ47が健在です。普通列車を降りて次の列車までり約1時間15分、時間を持て余すかと思ったけれど、道の駅やら何やらが整備されていて見所が増えていて、その間特急も1本通過するので撮影と、あっという間でした。


現在


約40年前


現在
ホームの位置は変わっていません。12系が止まっている線路が、現在のホームの右にある廃線跡で、左側の現在線は昔のホームの左の裏山を削って出来ました。削った跡にコンクリート擁壁が出来ています。


平成初め頃


昭和58年頃


平成19年


現在
現在のホームの左側の旧線跡に、DD51牽引の客車列車が止まっています。右側の現在線は昔のホーム裏山を削ったところにで敷かれています。


昭和58年頃


現在


平成22年


平成3年


現在


平成22年


平成1桁頃


現在


平成22年


平成3年


昭和61年


現在


平成22年




現在


平成22年

コンクリート橋台用の仮橋台も設置して、鉄橋の橋台まわりにコンクリート橋用本橋台を構築して、鉄橋を撤去後に横にずらしてコンクリート桁を乗っけたことがわかります。









旧鉄橋の上。真下も見えます。







  

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2020年07月04日

鹿島線延方駅

 JR鹿島線は、千葉県の佐原駅(起点は香取駅)と茨城県の鹿島神宮駅を結ぶ短い路線です。
 昭和45年の開業で、土木構造物は新幹線並みです。全線高架か切り通し、トンネルを走り踏切はなく、利根川と北浦という大きな河川と湖を渡るため2つの長い鉄橋が架けられた、建設には金がかかっている贅沢な路線です。建設時期からも新幹線そっくりで、鉄道建設公団により建設されました。
 そこも今は4両編成の209系が朝夕は1時間間隔、日中は2時間間隔の、朝だけ通学の高校生で混雑するだけのローカル線です。







下り鹿島神宮行きが到着。数人の客が乗り降りしました。




特急あやめが走っていたときの名残。高速バスとの競争に敗れ、全面撤退しました。




片方の階段はなぜか閉鎖。




駅の近くに、近いといっても2~3キロ離れた北浦湖畔に白鳥の里というところがあります。
人が定期的に餌付けしているので、冬季はたくさんの白鳥や鴨が群れています。







近づいても逃げるどころか寄ってきます。でもエサをやらないと戻っていきます。
エサは食パンに限ると付近の看板に書いてあります。




延方-鹿島神宮間の北浦橋りょう。
延長1キロ以上あり、たくさんの橋脚が見えています。
北浦の水深は数メートルと浅いですが、見えている部分の橋脚のひとつひとつの基礎杭は約60メートルあり支持層まで届いています。

全線高架か切り通しとトンネル、踏切もなく、利根川橋りょうと北浦橋りょうという2つの長く立派な橋を備えた、とにかく建設には金のかかった路線です。。  

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2019年03月23日

佐原駅 今昔

この前の、神崎酒蔵祭りに行くとき佐原駅で撮った写真と、昔の写真を比較します。
平成2年と平成31年、30年の時を隔てた平成の始めと終わりの風景です。





平成始めは、今と比較してたくさんの乗降客の姿があります。
東京とを結ぶ特急あやめが5往復ありました。
この頃から徐々に高速バスの台頭で、特急は衰退し、あやめ号はついに廃止となりました。







側線に廃車待ちの車掌車「ヨ」がたくさん留置されていますが、今はこの側線もなくなっています。
ちなみにこの側線の右側はかつて、小野川とつながる佐原港だったのです。水運と鉄道がつながっていました。


  

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2019年02月02日

鹿島臨海鉄道 北浦湖畔駅

鹿島臨海鉄道の北浦湖畔駅、霞ケ浦(北浦)が見える、何もない駅です。鹿島神宮側方面の山の中から突如、空中に現れる感じの高架駅です。
旧鉄道公団の手で建設された典型的な土木構造物が続くのが鹿島臨海鉄道です。
高架に盛土に切通区間が続く、踏切は一ヶ所もなく道路とはすべて立体交差、新幹線みたいな路線です。





日影はまだ、2日前の雪が残っています。



水戸行きが到着、発車していきました。









道路から直接、階段でホームへ上がる構造、駅舎はありません。

  

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2018年06月16日

古いホーム 嵩上げ

新橋駅で電車を待っていたとき、向かい側の山手外回り、京浜東北南行ホームの下にレンガの構造物を発見しました。
烏森駅として開業、東京駅開業とともに、旧新橋は汐留に、烏森駅が新橋となった頃からあるものでしょうか。
古い幹線だとどこの駅でもホームは、客車から電車に合わせてホームの嵩上げが行われています。
このホームも3段階くらい層ができています。









こちらは国府津駅。東海道本線の歴史ともに、何度も嵩上げされています。





こちらは蟹江駅。関西本線としての歴史は古いです。




  

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2017年06月05日

熱田駅

名古屋に住んで約20年、岐阜も含めると中部地方にかれこれ約30年住んでいて、一度も乗降したことがない熱田駅を初めて訪問しました。
当たり前だけど、学生時代から何百回と乗っている東海道本線、当然、通り過ぎたことは数知れずです。

熱田駅、歴史は古く東海道線全通前、東海道線の建設資材を武豊から運ぶために明治初期に開設された駅です。開業当初の駅は今より南側にあったことが、古地図からわかります。現在の熱田駅は東海道本線の全通と時期をほぼ同じ頃、現在地に移転しています。
そんな熱田駅の構内は広く、東海道本線の駅としての歴史と風格を感じますが、現在は普通しか止まらない、格下の駅となっています。





ホームの屋根を支える、古レールの柱。上りホームは古レールだけど、下りホームは鉄骨です。

古レールの刻印を探したけれどなかなか見つからず、やっと見つけたのがこれ。1919年です。






跨線橋も古レールで組まれています。








昔、名古屋発着のカートレインは熱田駅始発でした。きっとここから乗用車が乗り入れたのでしょう。
このホームは現在、立ち入れません。








ホームに入ってくる列車を、パチリ、パチリ。
やっぱり貨物は迫力があります。


熱田駅構内で、しらさぎが名古屋から引き上げてきて、折り返し待ちをします。
名古屋駅へ向かい、発車していきました。



駅舎







熱田神宮へ向かう商店街は、レトロです。


名鉄神宮前駅へ続く路地裏は、飲み屋街です。




熱田駅前の駅前酒場。
今度は夕方に来て、ここで飲んでみたいです。



この建物、もともとの二階建てにビルを被せたみたいです。
  

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2016年12月12日

安土駅跨線橋 解体中

今年の3月に訪問した安土駅の跨線橋が解体中です。







工事中のホームは、大変狭くなっています。


駅舎側の階段も撤去されました。



2017年2月5日、古い跨線橋は姿を完全消し、新しい橋上駅舎のぶっとい骨組みの建設が始まっていました。



2017年3月10日、橋上駅舎の骨格が出来つつあります。


  

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2016年05月07日

安土駅跨線橋

東海道本線の安土駅にある古い跨線橋が、以前から気になっていました。
近々、安土駅が改修されるようなうわさが聞こえてきたので、3月に訪問しました。

駅員さんに聞くと、古い跨線橋は取り壊され仮設跨線橋になるが、いま作っている新跨線橋も仮設で、最終的な形になるまでの設置とのこと。
新駅舎は今はやりの橋上駅舎となり、どこにでもある形になるみたいです。




キオスクは営業しているようだけれど、閉まっていました。




典型的な国鉄型小駅タイプの駅舎内と改札口。


これがその跨線橋。現役なのもあとわずかのようです。




ホーム上屋も、古レールの柱のレトロなもの。


上屋の財産標識では、昭和38年9月製。私の誕生年月といっしょ。


内部です。










木枠の窓とカギ。昭和を感じます。
古い跨線橋でも、アルミサッシに取り換えてあるところも多いですが、ここは片側だけオリジナルのままです。




工事の案内。


古跨線橋から米原方を見る。


これが建設中の仮跨線橋。


4月になって、仮跨線橋の運用が始まり、古跨線橋は出入り口に蓋をされて、立ち入られなくなりました。
これから安土駅は激変することでしょう。

近接の篠原駅や稲枝駅、河瀬駅も、ここ数年で改修されてきました。
篠原駅なんか、車窓から見ると良い雰囲気だったのになあ。
まあ、橋上化で通り抜けできたりと便利になるのだけど、歴史的建造物を活用はできないものでしょうか。


  

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2014年09月23日

早朝の三河田原駅

 三河田原駅改築関連の工事工期末の9月を迎え、運用も完成形となりました。
 2番線の通常使用は8月頃からすでに開始されていました。
 3番4番ホームも前夜からの留置車両がそのまま早朝発で豊橋へ発車していきます。
 そして、深夜の留置まではホームの折り返しは、すべて2番線発着となります。




右から左へ、1番、2番、3番の各線。






2番と3番線に止まる電車。
左の4番線から5時15分発の始発が出た後です。
5時34分発の2番電車は、3番線の電車です。
5時47分発の3番電車は1番線の電車です。




左のホームのない留置線が5番線。
5番線に止まっている電車は、ホームのある1から4番線の電車が全部出たあと、いったん豊橋方へ引き上げてから2番ホームへ進入します。
その後は一日中、2番線発着の折り返しとなり、三河田原駅には1本しか電車が通常はいない状態となります。





3番と4番から電車が出たあと。1、2、5番線に電車が止まっています。







田原駅ホームが4番線まで運用するようになって、駅進入手前に何番線に入るか表示する標識が設置されました。
踏切が鳴り始めて電車が進入してくる直前に点灯します。

電車から見ると。





深夜から早朝のみ、車両基地として三河田原駅の1番から5番線まですべてが電車でいっぱいになります。
昼間は見られない光景です。


 それと、駅前の工場は完全に撤去されました。


7月5日はまだこんな感じ


昨年の開業日2013/10/25




これまでの記事

2014/8/9

2014/7/6

2014/4/26  

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2014年08月09日

三河田原駅 2番線使用開始

 いつの間にか、田原駅発着の電車が2番線を通常使用するようになりました。

 




今までは

  

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2014年07月06日

三河田原駅 ほぼ完成形

 三河田原駅の構内がほぼ完成をみたようです。

 2面5線の駅となりました。
 1番2番ホームが通常利用ホーム。電車の発着はほぼ1番線のみです。現行のダイヤに変化がない限り、変わらないでしょう。今のダイヤ編成がほぼベストと言ってようから、変わらないでしょうかね。
 ただ、通常使用の1番線は、進入前に大きくカーブするが、2番線に進入すれば直線で進入できるのになぜ使用しないのか、不思議です。速度超過進入を防ぐために、駅進入手前に制限をわざとかけているのかな。




 写真の3番4番ホームは封鎖されています。 
 電車が止まっているのが、通常使用の1番線。




2番3番線。




 車止めも設置済み。




 左が、ホームのない5番線。


 7月5日(土)は、イベントで駅前広場ビアガーデンが開催されました。
 残念ながら私は豊橋方面に飲みに行ったので利用できませんでしたが、終了間際の午後9時頃もたくさんのお客さんでにぎわっていました。




 駅前の工場が現在、解体中です。せっかくの駅前一等地、今後どうなっていくのでしょうか。













  

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2014年04月26日

三河田原駅 新駅舎開業から現在

三河田原駅に3番線?に線路が敷かれました。
改築工事は進みます。




2番線には車止めも設置されました。





以前はこちら
3月末頃

1月中旬頃

1月はじめ頃

12月頃

11月中旬頃

10月27日新駅舎開業日




  

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2014年04月13日

三河田原駅 ホーム増設工事中

 三河田原駅構内の線路増設が、形になってきました。

 先週はまだ枕木が置いてある状態でした。



 現在、レールもひかれてほぼ完成形です。




 まだ、架線はありません。

 ホーム屋根に発着案内も新設されました。
  

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2014年04月05日

備後落合駅

広島県にある、芸備線と木次線の分岐駅である備後落合駅。
私の好きなベスト3に入る駅です。

昔はホームに売店があって、弁当とかは当然にあって、さらにうどんやそば、そしておでんも売っていたのです。
駅ホームでおでんが食べられたのです。
当然、お酒もあって、とてもよい雰囲気でした。
乗り換え時間に駅前を歩いたりして、楽しめました。
この頃は夜行の急行「ちどり」とかが、深夜の備後落合に停車していたのです。「ちどり」は広島と米子を結んでいました。
昼行数本とと夜行が1往復していました。
今では、夜行列車が芸備線や木次線を走っていたなんて夢のようです。

あまりにも雰囲気がよいので、わざと乗り換えに2時間くらい滞在できるような計画をたてて、過ごしたこともありました。
ホーム売店でビールを買って、ホームで何本も飲みました。
山間の小駅、今はやりの秘境駅というわけではないけれど、列車が来ない間は静寂に包まれます。
夏は蝉時雨の中、つまみには不自由しないし、最高の雰囲気でのビールは最高でした。

そんな備後落合駅ホーム売店もいつの間にかなくなってしまい、もう20年くらい経つのかな。
一度、冬の雪降る中、ホーム売店のあでんをつまみにワンカップの熱燗が飲みたかったなあ。
(あの頃はまだ、日本酒が苦手でした)

現在は、土日などは地元の野菜とか特産品を売る特設マーケットみたいなことをやっているようです。
観光客も結構寄っているようです。


平成元年の写真です。
売店の写真がありません・・・











  

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2014年03月30日

三河田原駅 工事中

三河田原駅構内のホーム増設工事が行われています。
始めの頃は、業務用、乗務員用ホームかと思っていたけれど、点字ブロックも埋め込まれて、しっかり旅客対応のようです。
やや現ホームより狭く見えますが。





ちょっと前です。
まだ、枕木がありません。


現在です。





枕木が置いてあります。


ちょうど1年前に、田原駅構内の工事が始まりました。
当時と比較すると、駅前も、駅構内も、駅舎も、まったく別物になりました。
1年前の風景がウソのようです。




去年の3月24日です。


  

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2014年03月27日

キオスクからセブンイレブンに!?

JR西が、キオスクをすべてセブンへ転換するというニュースが。
キオスクは、いろいろな歴史的経過がある。
それを単純にセブンにするとJR西は判断した。
利用者から見れば、セブンだろうとキオスクだろうと、利便性を優先すればどうでも良いことだろうか。

ホームにある小さなキオスク売店もセブンになるのだろうか。

私はキオスクが好きだ。
キオスクのおばちゃんとの、一対一の対面販売が好きだ。
セブンならレジ方式だろう。
コンビニでも、常連になることもある。
しかし、古臭いキオスクの販売方式がいい。

ホームの小さな対面販売のキオスクが、どういうふうにセブンになりえるのだろうか。
24時間営業するのか。

駅構内は、夜行列車のない今の時代、夜間は閉鎖している。
今や、地方の駅のキオスクは、午後3時頃閉店することもある。

セブンになるとどういう営業形態になるのか。
見ものである。

JR西も、セブンも、民間会社。
儲かる以外のことは、切り捨てていくのだろう。

昔のキオスクは、採算ではなく、列車が動いている間は早朝でも深夜でも、利用者のために客がたとえ1人でも営業するという理念があった。
鉄道の旅客のために営業していたのだ。

セブンになってどうなっていくのだろうか。  

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2014年02月11日

三河田原駅 旧駅舎撤去後その3

 三河田原駅構内の整備が進んでいます。









臨時ホームのようだけど、旅客用としては狭すぎるし、留置線の電車に乗り降りする乗務員用には立派すぎるし、作業用なら鉄骨とかだろうし、半端なコンクリート構造物は何になるのでしょうか。  

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