2014年03月30日

青函連絡船 乗船名簿

またまた青函連絡船の話しです。

昔し昔し、上野発青森行きの昼行列車、夜行列車問わず、洗面所に青函連絡船の乗船名簿の束がぶら下がっていました。

上野駅で写真を撮っていた、中学、高校生の頃の私、発車前のこれらの列車にちょっとだけ乗り込み、洗面所にある乗船名簿を頂いたりしたものでした。






 北へ向かう特急と、その先へ続く連絡船と北海道を夢見たものでした。

乗船名簿の紙切れだけで、夢を追うことができた、若い時代でした。  

Posted by よっぱらいくま at 20:24Comments(0)TrackBack(0)青函連絡船

2014年03月30日

三河田原駅 工事中

三河田原駅構内のホーム増設工事が行われています。
始めの頃は、業務用、乗務員用ホームかと思っていたけれど、点字ブロックも埋め込まれて、しっかり旅客対応のようです。
やや現ホームより狭く見えますが。





ちょっと前です。
まだ、枕木がありません。


現在です。





枕木が置いてあります。


ちょうど1年前に、田原駅構内の工事が始まりました。
当時と比較すると、駅前も、駅構内も、駅舎も、まったく別物になりました。
1年前の風景がウソのようです。




去年の3月24日です。


  

Posted by よっぱらいくま at 16:21Comments(0)TrackBack(0)

2014年03月27日

キオスクからセブンイレブンに!?

JR西が、キオスクをすべてセブンへ転換するというニュースが。
キオスクは、いろいろな歴史的経過がある。
それを単純にセブンにするとJR西は判断した。
利用者から見れば、セブンだろうとキオスクだろうと、利便性を優先すればどうでも良いことだろうか。

ホームにある小さなキオスク売店もセブンになるのだろうか。

私はキオスクが好きだ。
キオスクのおばちゃんとの、一対一の対面販売が好きだ。
セブンならレジ方式だろう。
コンビニでも、常連になることもある。
しかし、古臭いキオスクの販売方式がいい。

ホームの小さな対面販売のキオスクが、どういうふうにセブンになりえるのだろうか。
24時間営業するのか。

駅構内は、夜行列車のない今の時代、夜間は閉鎖している。
今や、地方の駅のキオスクは、午後3時頃閉店することもある。

セブンになるとどういう営業形態になるのか。
見ものである。

JR西も、セブンも、民間会社。
儲かる以外のことは、切り捨てていくのだろう。

昔のキオスクは、採算ではなく、列車が動いている間は早朝でも深夜でも、利用者のために客がたとえ1人でも営業するという理念があった。
鉄道の旅客のために営業していたのだ。

セブンになってどうなっていくのだろうか。  

Posted by よっぱらいくま at 21:35Comments(1)TrackBack(0)

2014年03月22日

品川駅ホーム ビアガーデン

 昨日、風呂に入っているとき、ふと思い出しました。
 昭和の終わり頃か平成の初め頃か、品川駅のホームで夏季限定でビアガーデンが営業していたのです。
 3シーズンくらいやっていたかな?記憶は定かではありません。
 品川駅にはほとんど列車が発着していない、要するに使っていないホームが2面4線くらいありました。
 その遊休ホームでやっていたのです。

 写真ありました。写っているのは若かりし頃(25年前)の私。
 東海道線の113系がお隣に止まっています。
 平成元年です。




 品川駅は東海道本線のダイヤが乱れたときなどに、優等列車を東京駅まで行かせずに品川駅で折り返すような機能を持っていました。昔のように優等列車が多かった時代、新幹線が開業する前などは特にそういう機能がありました。
 東京駅ホームに余裕がないので、臨時列車とかも品川駅発着が多くありました。晩年まで、銀河五十何号とかや臨時の大垣夜行とかが、品川発着でした。
 そんな、新幹線の品川駅が出来るまでの品川駅は、なんとなくのどかな雰囲気が残っていました。今では新幹線の駅も出来て、海側も開発され尽くされて高層ビルが立ち並び、コンコースを歩く人の数も当時とは比べようもないくらい多いです。昔の海側の改札口は閑散としていて、駅前も鄙びていました。

 品川駅、間近に東海道線や京浜東北線の電車を見ながらのホームのビアガーデンは最高でした。鉄にとってこんな最高のロケーーションは他にありません。
 今では品川駅にそんな余裕はないし、いろんな規制面からありえないでしょうね。

 この頃はまだ、汐留駅も生きていました。汐留駅は第一級の産業遺産であったはずなのに、再開発でつぶされました。あそこを明治時代の鉄道発祥の地として整備、復元していたらと思います。そこに鉄道博物館でも作っていたらと。現在、万世橋駅は復元されたではないですか。あと10年違っていたら、汐留駅跡地の活用策は変わっていたかもしれません。
 
 今、最新の高層ビルが立ち並ぶ汐留駅跡地を見ると、貴重な歴史財産、産業遺構を捨ててしまった判断を、私は疑問視します。  

Posted by よっぱらいくま at 08:00Comments(1)TrackBack(0)昔話と昔の写真 国鉄・JR

2014年03月13日

今日は青函連絡船の日

 3月13日は、昭和63年、今から26年前に青函トンネルの開業と同日、青函連絡船が最後を迎えた日です。
 思い出深い青函連絡船、私にとっての記念日です。
 自作の、最終運航日前後に撮影したビデオ作品を観ながら、酒を飲む日でもあります。
 今や、現在の大学生は、この当時まだ生まれてもいないのです。そのくらい年月は過ぎました。
 あの独特の旅情は、特別でした。当時を知る人は、今は最低でも40代以上なんでしょうね。
 私は当時、就職2年目のぺーぺーでしたが、大枚をはたいて購入したS-VHSの肩に担ぐフルサイズビデオカメラを持って、撮影したものです。当時はS-VHSのビデオテープは、ヨドバシで120分のが1本3000円もしました。それを3本買って行きました。ある意味、やっぱり当時はバブルでした。
 そのパソコンで編集したビデオ作品は、今、大画面の液晶テレビで見ても、画質の細かさは十分視聴に耐えるものです。VHSの基本性能の高さがわかります。やっぱりHi-8とかは性能悪かったですもんね。
 今年は、つい先日に八甲田丸を再訪したこともあって、しみじみとビデオを観ながら、青函連絡船を偲んでいます。  

Posted by よっぱらいくま at 20:10Comments(1)TrackBack(0)青函連絡船