2022年01月16日

JR東 運転台を見て 行路表がない!

ひさしぶりにかぶりつき、前面展望しました。
場所は大宮から東京駅までの東北線。

最近は運転台もデジタル化が著しいです。

速度計は針のアナログ表示なんだけど、すべての情報が液晶画面になっています。

運転席の横には運転士が確認する時刻表、一列車毎に運転時分が書かれた行路表を差す枠?はあるのだけど、行路表自体はありません。

運転台にちょこんと載せているタブレットがその役割を担っているようです。

運転士が交代するときには、何かメモリーらしき物体を抜き差ししているし、私にはついていけない世界になっています。

そういえば、JR西の先頭で前をみていたときには、通過か停車かとか、自動音声の指示がいちいち運転室に響いていました。



行路表を差すところに何もありません。


このタブレットに運転時刻情報が表示されています。

でも、紙の行路表を差す枠はあるのに、このタブレットを置くためのスマホホルダーみたいのは運転席にはなくて、運転士によって、置く場所が違うのが笑えました。タブレットは配布されても、置くところは未整備のようです。  

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2021年10月30日

飯田線 伊那路の旅3

またまた懲りずに、伊那路に乗ってきました。



前回から3週間ぶり。
前々回はこちら

内容は代わり映えしません。




駅舎内から


ホーム側から。






今日も空いています。



宴会の始まり。酒を飲むために乗っているようなものです。
なるべく駅のキオスクで酒類は購入するよう心がけているのだけど、今回は駅近くのコンビニで調達しました。
もう、冬物語の季節です。



4,500円+酒代の旅。



今日もよく飲みました。



あっという間に、豊橋着。おしまい。
  

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2021年10月09日

飯田線 伊那路の旅2

約1ヶ月前に乗った伊那路が気に入ったので、名古屋から豊橋へ行くついでに、また乗ってきました。

名古屋から飯田までは、高速バス。

飯田駅に着きました。
あいかわらず、駅周辺の人通りは少ないです。








今日も車内はガラ空き、快適な旅で酒も進みます。

飯田の盆地は秋景色。




天竜川に沿って。






佐久間ダムの施設。



中部天竜駅に併設されていた「佐久間レールパーク」跡が。



先頭からの景色。







今日もよく飲んだ。



豊橋駅到着。


また乗りたいです。


おまけ
昭和57年、豊橋駅にて
上の写真と同じ場所。1982年、今から39年前。
  

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2021年09月12日

飯田線 伊那路の旅

名古屋から豊橋へ戻るついでに、飯田線の旅を楽しみました。

名古屋から高速バスで飯田へ。
飯田からは特急伊那路で豊橋まで。
さすがに、普通電車で乗り通すのは面倒くさかったところです。




飯田線は大学生のときに乗って以来かも。
約38年ぶりくらいかな。
飯田駅で降りたことはなく、たぶん当時は乗り通してばかりだったような。
途中下車くらいしたのか、記憶にありません。


バスを降りたら駅前にピアゴが見えたので、行ってみると解体中。
地方の駅前の衰退を感じます。


さあ、飲み始めます。
念のため、飯田駅の売店でたくさん買い込みました。


他の客、ゼロ。


自由席は2両だけど、自由席車両の車端部のテーブル付きのボックス席は指定席。
終点まで誰も来ませんでした。
というか、新城まで、2号車には誰も乗ってきませんでした。




先頭は一応、前面展望できます。


今回のきっぷ。


うーん、飲み過ぎた。
だって、貸し切りなんだもの。


豊橋に到着。
買い物して帰りました。

名古屋から豊橋、カルテットきっぷなら900円弱、新幹線使ってもプラス510円。
今回は高速バス2600円、乗車券と自由席特急券で4500円の計7100円。
新幹線ひかりなら最短19分、在来線でも約55分。
それを約5時間半かけました。
だけど、良い旅でした。
伊那路は貴重な特急です。


  

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2021年08月28日

函館-上磯駅往復(昔の江差線)と函館の状況

2月に北海道へ行ったときのことをもうひとつ。

函館に到着して、池田園往復した次の日、午前中に上磯駅を往復しました。


函館駅で発車を待つ、キハ40。





昔と同じ車内。二重窓構造が懐かしいです。



五稜郭駅には、青函トンネル専用機、EH800が。
まじまじと見たのは初めてかも。



上磯駅到着。





駅前の道をまっすぐ、5分も歩くと海、函館湾です。
33年前までは、この沖を青函連絡船が行き来していたのだなあと、物思いにふけました。



駅の入り口。



往復で購入したきっぷ。



窓にはこんな表示が。



函館駅に到着。
隣には国鉄急行色のキハ40が。





やっぱり、こちらの塗色がいいねえ。



青函連絡船が生きていた頃、北海道新幹線が開業するまでは、四六時中ホームが賑わっていた函館駅の各ホームに人影はありません。





お昼ご飯は、駅前のどんぶり横町へ。
ほとんどのお店は閉まっていました。
好きな具を選べるのだけど、イカは入荷出来なかったとのこと。
店主もどこか寂しげです。この状況で店を開けていてくれたことに感謝。





横町市場も壊滅的。お客さんがほとんどいません。
外のお店が営業していたけれど、店主に声を掛けられて愚痴、というか現状をいろいろ話してくれました。
10分以上、離してくれませんでした。
もう本当に、頑張ってくださいとしか言えませんでした。



ここは昨晩行った居酒屋。私の函館の定番なんだけど、何十年ぶりか?
どこから来たのとか、名古屋からですとか、ここの大将と会話していた中で、大将から聞いた話。
あるお客さんが店に入ってきて、「東京から来たんだけどいい?」
と聞いてきたそうです。
聞くと、前の店で呑んでいる途中、東京から来たというと、帰ってくれと言われたそうです。
大将は、俺は何も気にしないし、その店の対応を否定する気もないけれど、せっかく来たのに、そういうこの状況、どこか寂しげでした。
その客には気遣わず楽しんでねって言ったそうです。
あ~あ、なんて良い店だ。

今回の北海道旅行で、一番人がいなかった、景気が悪いなと感じたのが函館でした。
  

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2021年08月16日

SL冬の湿原号

今年2月に北海道に行って、函館・池田園往復の小旅行標茶駅常紋トンネルを紹介していたけれど、この旅の主目的の紹介を忘れていました。約半年経った真夏ですが、思い起こしていきます。



この写真は標茶駅構内にて。


この旅は最初、2月19日に乗車する予定で指定券は手配していました。
しかし、一週間前くらいに北海道を襲った爆弾低気圧の影響で釧網本線は冠水してしまい運休となっていました。
そんなことはまったく知らず、前日に釧路入りして飲んだくれていました。
翌日朝、なにげにスマホで運転状況を念のために確認。
なんと、釧網本線は夕方まで運休。
なんですと!と詳しく調べると、爆弾低気圧の影響でずっと運休していて、今日の夕方からやっと開通するらしい。
頭をフル回転させて、今日の予定を策定、今後の予定を調整、二日後にリベンジすることにして旅程を延長。
指定券は幸い、たくさん残席はあり問題なく取れました。こういうときはネット予約は超便利。
今日の予定はレンタカーでとりあえず、今日の宿泊予定の網走まで行くことにして電話で予約。
真冬の北海道で運転したことはないけれど、空模様は問題ないし。

とりあえず釧路駅へ行って、指定券の払い戻しを受けたりして・・・、運休表示です。





そんなかんなでクルマで標茶駅に立ち寄ったのが、このときです。


さて、いろいろあって2日後に舞い戻って釧路でまたまた一泊。
今度は無事、運転していました。



釧路駅ホームへ入線




釧路駅は賑わっています。









蒸気機関車の息づかいが感じられます。
やっぱり電車とは違うなあ。生き物みたいです。



車内では、とりあえず宴会。



標茶駅に到着後、給水、機回しなどします。




駅前では地元の方々の歓迎と販売が。
この牛乳、すごく美味しかったです。
普段の牛乳とはまったく違いました。
販売のおばちゃんと話すと、今日は折り返しのSLに乗ってみるんだということでした。
普段は中国人観光客で満員できっぷは取れないけれど、今はコロナの影響で外国人が来ないからきっぷが取れたそうです。
私も3日前にきっぷ買えたし。




車内にはダルマストーブもあります。



車窓からは丹頂鶴も。






途中駅で交換。
標茶駅の販売のおばちゃんも記念乗車して、対向の普通で標茶へ帰っていきました。




乗車記念です。




夜は、釧路の街でたらふく飲みました。
  

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2021年05月16日

函館・池田園 往復の小旅行

 今年の2月に北海道へ行ったとき、函館での午後、予定がなかったので思いつきで函館本線の鈍行に乗ることにしました。
 昼過ぎ、時刻表(北海道版)を見て、池田園まで往復が都合がよいとわかりました。20分弱で帰りの鈍行にのることができます。
 函館14:30分発の長万部行きは、キハ40の単行です。車体には北海道の恵みがペイントされています。車内もシートは更新されているものの、ボックス席が基本の昔のままです。








新函館北斗駅を発車すると、北海道新幹線の高架が途切れます。



その先に、新しいトンネルが工事中の坑口が見えます。



大沼を発車して、大沼公園経由の線路が分岐していきます。




時間帯のせいもあるけれど、五稜郭をはじめ途中駅でほとんどの乗客は降りてしまい、ガラガラのまま池田園に到着しました。






 次に乗る上り列車は15:33発。その前は8:52発です。
 何もない駅舎内。



跨線橋で到着列車を撮影。北海道らしい景色です。





単行の列車は空いていました。

次の大沼で特急待避。駅前を歩く余裕も。
一昔前の鈍行の旅と同じ。









長時間停車の度に駅前へ。



新函館北斗でも長時間停車。
新幹線乗り換え口を見てきました。



乗り換え口の案内係のお姉さん、あれで黒いコートだったらメーテルにそっくりだ。



売店もあったので、ビールを買っちゃいました。





函館山と、昔の函館運転所が見えてきて、小旅行はお終い。
函館本線の鈍行に乗ったなんて、35年以上前です。旧客で函館から札幌まで通しで乗って以来。



乗ってきた列車は、折り返し森行きとなりました。
乗っていた10人前後の客は、足早に改札へ向かっていきました。



  

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2021年04月11日

常紋トンネル

2月、網走から特急「大雪」に乗りました。
石北本線に乗るのは、30年ぶりか、はたまた大学生以来、約40年ぶりかもしれません。

大雪はキハ183でした。指定席1号車の先頭座席は前面展望可能です。
知らずに別の席を購入してしまいました。

常紋トンネルを越える手前、留辺蘂を出発してからこのあたりだろうと見当をつけて、空席の展望席に座りました。
程なく常紋トンネルが現れました。バッチリのタイミングでした。



展望席は1号車指定席17番ABです。





上り旭川行きの場合、遠軽で進行方向が変わる網走から遠軽までです。
下りの場合は、旭川から遠軽までが展望席となります。
4号車自由席の場合はその逆です。

久しぶりに雪景色の鉄路を楽しみました。




常紋トンネル建設時の出来事は数多くの書籍となり、建設に携わったタコ部屋労働者の悲惨な実態は有名です。
現実に付近の土地やトンネル内の壁の中からは、多数の人骨が見つかっています。
こういう歴史を知ることは大事ですね。  

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2021年03月28日

N700Sに乗りました

名古屋から東京まで乗車したのぞみ号。
たまたま、N700Sが来ました。初乗車です。



内装はN700Aとはかなり違う印象です。



窓まわりがかなり違います。窓の上の空調の吹き出し口はなくなっています。
Aよりも窓が大きくなった気がしますが、デザインからくる錯覚でしょうか?



座席の案内板も一新。



トイレはウォッシュレット完備。本体は家庭用と同じに見えます。






乗り心地もAとは違うように感じました。  

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2021年03月28日

山手線のヘッドマーク

 3月20日(土)の午前、東京駅で山手線を待っていると、ヘッドマークをつけた編成が来ました。
 何気なく写真を撮りました。



ドアの横に同じく貼ってあります。

すれ違う他編成にはヘッドマークはありません。
希少価値があったのかしら?

池袋で下車したとき撮った後方は違うデザインでした。


  

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2021年01月08日

サンライズ出雲

昨年12月中旬、サンライズ出雲に乗って、プチ山陰の旅をしてきました。



東京駅ホームへ入線するサンライズ出雲・瀬戸の編成。






私の部屋は車端部の13番。前回3月、瀬戸に乗ったときも頼んだわけでもないのに同じ位置の部屋でした。
一般的に車端部はよく揺れるのですが、ここは2階建てではないので、天井が高くて快適です。
しかし、それは東海道・山陽本線走行時限定です。明朝、伯備線に入ってからは・・・。


今回も、乗車前に八重洲口にあるおなじみの立飲み屋で軽く一杯。今回は本当に軽くにしました。


前回、高松へ行ったときは立飲み屋でヘビーに飲んでしまったので、横浜を発車時点で記憶喪失、気絶してしまいましたが、今回は余裕。冷酒を飲みながら熱海まで車窓を楽しんで、熱海のホームにもちょっと降りて外の空気を吸ってから、眠りにつきました。

翌日は姫路到着で目覚めました。
途中、たぶん運転停車している米原とかまったく目覚めることなく、爆睡でした。

岡山ではぞろぞろと乗客がホームに出てきて、写真撮影大会です。



本当、いつから一般人が鉄道マニア化してきたのだろうか。
今、ブルトレが走っていたら、下関や門司はすごいことになるんだろうね。


瀬戸編成が先発、出雲編成出発待ち。


伯備線に入り、山陽新幹線と交差。


新見を出てからしばらくして、芸備線が分岐。
この頃から、車端部にいることを痛感。よく揺れるのです。
前回の瀬戸で高松へ行ったときは気にならなかったけれど、カーブの多い伯備線はめちゃ揺れる、というか振られる感じ。
これで二日酔いだったら最悪ですね。




終点出雲市まで行きたいけれど、この先、山陰本線上り方面の乗り継ぎの関係上、米子で下車。

米子駅で下車するのも何年ぶりだろうか。十何年、何十年ぶりかも。
米子駅の駅舎は旧米子鉄道管理局の建物兼用だったけれど、旧鉄道管理局の建物も取り壊されるようです。


お次の乗車は、スーパーまつかぜ、鳥取行き。
スーパーとは言っても、たったの2両編成。食堂車も連結された長大編成キハ181系の昔日のまつかぜ号を知っている者としてはさびしい限りです。

先頭の自由席の運転台真後ろの席をゲットできたので、前面展望を楽しめました。
山陰本線も高速化工事は完了しているようで、単線の山陰本線を120キロで、またこのキハ187はカーブも本則プラスで突っ込んで行くので、突っ走る様は迫力です。







鳥取で、浜坂行きの普通に乗り換え。新系列の1両単行でした。ボックスシートだからよろしい。
鳥取を出て次の福部までは駅間距離が長く、途中に信号所がありそれを確認しました。今は信号所に停車、交換する列車もなさそうです。

途中の居組駅は私がもっとも好きな駅です。
しかしなんと、駅舎が無機質なコンクリートの小屋になっていてびっくり。

浜坂からは豊岡行きに乗り換え。時間が少しあるので駅前に出てみました。
昔と変わらぬ景色です。

城崎温泉-浜坂間は優等列車がほとんどない状態のローカル線。キハ47が元気に走っています。



こういうトイレが見られるのも、あと少しでしょう。

餘部駅で途中下車。
くわしくはこちらで。

餘部駅からは城崎温泉行きに乗ります。キハ47系の2両編成。
香住、柴山、佐津と、日帰り昼食カニツアー帰りの客とおぼしき客がボチボチと乗車してきます。



竹野駅からは大量に乗ってきて、ボックス席の前に座った客からは全身から焼きガニの匂いを放っていました。
ちくしょー、私もカニ食べたいよ。この時期に山陰本線に乗ってこの区間を通過だけなんて、残念。

城崎温泉からは、特急こうのとりで一気に大阪へ。







城崎温泉駅も、カニをアピール。あーあ、カニ食いてえ。
こうのとりは、ガラガラで発車。大阪まで混むことはありませんでした。


和田山駅は閑散としていました。昔はもっと賑やかだった気が。


反対側には、検修庫らしき建物の廃墟が。


和田山を出て、右に播但線が分岐していきます。


どこかの駅の跨線橋の柱は、超時代モノです。
同じようなものが東海道線の河瀬駅前に保存されています。




大阪で下車して、梅田食道街の松葉へ。立ち飲みの串揚げ専門店です。美味しくて安いです。
ここで軽く飲んでから、金盃へ。日本酒専門の立ち飲み屋です。




最近ニュースでよく映る大阪駅、コロナで大阪は何人感染とかね。
十分に酔っ払ってから、新大阪へ。


新大阪駅在来線.改札内にも梅田食道街と同じ松葉があります。時間がないときはこちらが便利かも。

新大阪から名古屋へ帰ります。
こだま号はいつものとおり、というよりも私が新幹線通勤していた頃の同じ時間帯よりもはるかに空いていました。
これもコロナのせいか。


サンライズ出雲を朝、米子で降りて駆け足で山陰路を戻ってきましたが、充実した一日でした。
でもやっぱり、ゆっくり一泊して、カニ食べたかった~。







  

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2020年12月06日

久留里線

久留里線は、内房線木更津と上総亀山を結ぶJR線です。
最新の気動車なんだろうけれど、またまたオールロングシート。
木更津駅で昼食と思っていたのだけど、一本前の久留里行きに乗ってしまいました。
木更津で時間をつぶすよりも久留里の方が楽しそうだから。
久留里ではめぼしい飲食店もなく、昼ご飯は抜きに。
養老渓谷駅で焼きそばを食べておいて良かった。





久留里駅。跨線橋などなく、昔ながらの線路横断。この風景も今は珍しいでしょう。





久留里の街中には各戸に井戸水タンクがあって、利用されているみたいです。
きれいな水が豊富だとわかります。



駅近くには給水所も。



民家の玄関前にこんなものが。チンゲン菜、ご自由にお持ちください。のどかだなあ。



良い水のある街で作られた酒は、さぞや旨いでしょう。
このあと、今夜の宿となる館山の居酒屋で飲むことができました。

さて、久留里から終点上総亀山駅へ行きました。



今度は2両編成。

上総亀山駅







駅前の小さな商店のネコ。

久留里線に完乗して木更津に戻り、宿泊地の館山へ向かいました。

明日は銚子電鉄にのります。


  

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2020年07月12日

熱海-東京 東海道線グリーン車の旅2

 名古屋から東京への定番となっている、熱海-東京の東海道線グリーン車の旅。
 静岡駅の幕の内が一番なんだけど、静岡駅の新幹線ホームの駅弁店はウイルスのせいで、臨時休業が継続中。
 熱海駅の幕の内も捨てがたいが、今回は名古屋駅で「こだま弁当」をあらかじめ調達して新幹線に乗りました。
 こだま弁当も正統派幕の内だけど、チキンカツが存在を主張していました。
 味も正統派、おいしいです。
 名古屋で買った駅弁を、熱海からのグリーン車で、いつものとおりビールをお供に味わいました。
 


  

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2020年06月14日

熱海-東京 東海道線グリーン車の旅

名古屋から東京駅へ向かうとき、熱海から東京まで、在来線のグリーン車に乗り換えるのが、最近の定番です。
ビールを飲みながら駅弁をつつくのがお気に入りです。
熱海の幕の内弁当も、定番幕の内です。つまみにするには幕の内弁当が最適です。





根府川-真鶴間の旧線跡の廃線トンネル、真鶴方の坑口です。上り電車からだと撮影しやすいです。


根府川の鉄橋から。


早川-小田原間から見えるこのお店跡。
平成一桁頃かな、行列が絶えなかった店があったところです。午後3時4時頃でもいつも行列があったけれど、なんの店だったんだろう。どこかへ移転したのかな。



多摩川の河川敷。ここ昭和50年代のテレビドラマ、Gメン75とかでの場面によく登場していました。
国鉄と京急に挟まれた、特徴的なところなのでよくわかりました。
そんなことを思い出しながら、景色を見ています。
池袋西口近くの東武東上線の際の高架下での場面も、Gメン75でよく見ました。



スイカ在来線グリーン券は、総武線方面へも乗り換えても、通しで乗れるのでお得です。
たまに東京駅下車の際に、グリーン券情報引き継ぎのためのタッチを忘れることがあるけれど、乗り換えたグリーン車で緑ランプにできなくてそのまま乗車しても、車掌の持つ機械で照会すると、グリーン券情報は残っていることが確認できるので、大丈夫です。
  

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2020年03月21日

サンライズ瀬戸

 人生初めて、現存する唯一の寝台特急「サンライズ」に乗りました。
 中部地方在住者にとっては、名古屋を深夜に通過するこの列車を利用する機会は普通はないでしょう。
 今回、千葉から名古屋へ帰るついでに遠回りして高松まで行くことにしました。
 遠回りを超えて、行き過ぎているけれど。

 新型ウイルス騒動で乗車率はどうなんだろうかなと危惧していたけれど、個室はたぶん見た目は満室、のびのび座席は8割くらいで少し空席がありました。まあ、凋落していた頃の九州ブルトレよりはるかに高い乗車率です。

 まずは個室へ行く前の乗車時に、シャワー室最寄りの入り口に並んでシャワーカードを購入しました。
 ネット情報ですぐに売り切れるとのことだったので。









出雲との連結部。左、進行方向前部が瀬戸、後部が出雲です。




 車端部が私のB寝台個室。2階建て部分ではないので、天井が高くて快適でした。
 最初、寝台券を買うときA寝台を所望したのだけど売り切れで、偶然この部屋となりました。
 車端部は揺れるし、台車の真上だからうるさいはずだけど、まったく気になりませんでした。







 東京駅八重洲口の立飲み屋でかなり飲んでいたので、かなり酔っ払っています。
 それでも寝台車内で缶チューハイストロング9% ロング缶を1本飲みました。
 そんな訳で、横浜を出た時点で記憶はシャットダウン。
 名古屋や大阪の通過(運転停車?)も、記憶になく爆睡。
 朝、相生手前で目覚めて、乗車時に購入しておいたシャワーカードを持って、シャワー室でさっぱりしました。
 うーん、でもプチ二日酔いかな。



 日の出です。夜行寝台に乗って朝を迎えるなんて、何年ぶりだろうか。
 浦佐駅で大雪のため立ち往生した停車中の「あけぼの」の中で朝を迎えたのが最後です。




 岡山駅。出雲との切り離し作業は大人気、ギャラリーがたかっています。
 みんな鉄道マニアかいな。一般人ぽいけれど。




 瀬戸内海が見えてきました。朝日がまぶしい穏やかな景色。






 何度通っても、瀬戸大橋という巨大建造物には感動します。
 人間の手でこれが造られたと思うと、技術力には偉大なものを感じます。




 日本で2番目に長い、南備讃瀬戸大橋を通過中。
 瀬戸内海のいくつもの小島を土台に、巨大なピアやアンカレッジを建てて、いくつもの橋をつないで本州の児島と四国の坂出を結んでいます。




 高架の坂出駅は高松へ向かう通勤客の姿が。
 東京や名古屋の風景と変わりません。
 昔は四国は全線非電化、ディーゼルカー王国だった往時の気配は微塵もしません。



 高松駅到着。




 駅近くの、宇高連絡船の錨のモニュメント。
 このあと、小豆島へフェリーで向かいます。








  

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2020年03月01日

釧網本線 流氷物語号

団体ツアーに参加して、冬の道東を旅しました。
各地で流氷を見るツアーですが、流氷物語号にも乗りました。

よくあるパターンで、北浜駅から知床斜里駅までの乗車です。

北浜駅へ進入する列車。
なかなかよく撮れました。




鉄道ジャーナル3月号の表紙と同じ場所。
曇っていたので人影は写りません。




乗り込みます。

車内は満員ですが、先頭に行ったりして。


知床斜里駅到着。







肝心の流氷は、前日夜からの超強い南風で、前日までびっしりであった流氷をはるか沖まで吹き飛ばしてしまったそうな。  

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2019年06月29日

磐越西線の旅3

 6月下旬、昨年10月に行って以来の磐越西線キハ40系の旅に行ってきました。

 
会津若松駅に到着、折り返し新津行きとなります。

 このキハ40系はあと2~3年で、廃止となると公表されました。
 過去2回の同列車乗車の際にはほとんどいなかった、
乗車が目的と思われる新津まで乗りとおした同好の士が、
平日の金曜日にも関わらず、今回の乗車では10組程度いたことが大きな変化でした。


前々回の記事→磐越西線の旅

前回の記事→磐越西線の旅2


 前日は、前回同様会津若松に宿泊、気に入ったので同じ店に行って飲みました。飲み比べセットと言いながら1杯の量が多くお得なので選んでしまいます。どれも旨いです。今回はなるべく変わった?名前の酒を選びました。


 この列車の特徴は、途中何駅かで長時間停車することです。
 昔ながらに駅前散歩、撮影ができます。
 野沢駅は25分停車。同好の士たちも一斉にホームに駅外に降りていきます。



 私も駅前を散歩、ホームでお楽しみのビールを始めました。今回も会津若松駅でしっかりと仕入れておきました。こういう雰囲気、外で飲むビールは最高です。



 今月発売の鉄道ジャーナルで「列車の窓が開いた時代」と題する記事がありました。まさしくキハ40系は窓が開き、前回、前々回の旅では運よく冷房も暖房もついてない時期だったので(前回はそれを狙って時期を選んだ)、窓を開けて車窓を楽しめたけれど、今回は蒸し暑くしっかりと冷房がついていたので窓を開けることは叶いませんでした。
 「窓が開いた」の記事は、まったくそのとおり!と、独特の世界、音、臭いを感じられたという記載に同感でした。







 トイレのあって安心です。





 こういう昭和の遺物を実体験で利用できる日も、残りわずかだと思います。

 4人掛けボックスシート、開く窓、(天井の扇風機は冷房化改造で撤去)、昭和生まれで平成を生き抜いた列車は、令和のときを迎えて消えようとしています。






 次は徳沢駅で列車交換のため10分くらい停車、またまた同好の士たちはぞろぞろとホームへ降りていきます。本当、前回は自分一人だったのに・・・。






 そういえば、前々回の旅ではロシア出身の車掌さんに会えました。この列車の若い車掌さんに聞いてみたら、その方は今は運転士に昇進されたとのこと。
 「この磐越西線も運転しているの?」と尋ねたら、「最初は電車からしか運転士になれない」と答えられました。たしかに気動車の方が、特に昭和の時代の気動車は機関車と共通するブレーキ操作だし難しいのかなと納得でした。
 JR貨物以外には、機関車の運転士は少ないだろうし、養成はしているのかしら。これからも気動車運転士は必要だけど。
 車掌さんにこの気動車も無くなることを確認したら、そのとおりとのことでした。
 「これまで乗りとおす乗車目的の客はほとんどいなかったのに」と尋ねたら、最近は急に増えてきたとのこと。「マナーをしっかり守って楽しんでくれれば。」と言われました。その通りです。今は増えたと言っても、一人いたかいないか程度が、10人程度になっただけなんだけど。

 次は津川駅で約15分停車。
 津川からは新潟県側の利用者が徐々に増え始めて、五泉からは新津までの乗車がかなりあって新津に到着、約3時間20分のキハ40系の旅は終わりました。

 新津駅には別のキハ40系編成が休憩中です。


 次回は、雪の季節に来ようかなと誓ったのでした。
  

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2019年01月27日

銚子電鉄と房総半島1周の旅

千葉県の佐原から銚子へ行ってきました。
銚子電鉄をひさしぶりに訪れたいと思ったのです。

佐原から銚子は近いし、ただ単に銚子へ向かうのもつまらんと思い、ならいっそ房総半島を1周して銚子へ向かうかと決めました。

房総半島の内房線も外房線もすべて東京近郊区間です。佐原も銚子も同区間内ですので、途中下車はせずに大回り乗車の恩恵にあずかることにします。
ルートは、佐原-千葉-内房線-外房線-東金線-総武本線-銚子です。
昔は東京近郊区間はもっと狭く房総半島全体は範囲外でしたが、今はスイカの普及と利用区間の拡大とともに、東京近郊区間の範囲もとてつもなく拡がりました。
中央線の松本や常磐線のいわきまでが東京近郊区間です。

佐原駅を4:50発千葉行きの始発に乗り、千葉で内房線館山行きに乗り換えました。
土曜日にもかかわらず通勤、通学客でそれなりの混雑です。下り方向だから空いているかなという予想ははずれました。
しかし、その混雑も木更津でほぼ解消、君津から先はガラガラになりました。

君津からは単線となり、車内放送からは、これから海が見える区間となるような旨の案内もあり、旅行気分となってきました。


東京湾越しに富士山も見える恵まれた天候です。





館山まで約1時間50分の鈍行電車の旅を堪能して、館山で安房鴨川行きに乗り換えです。
内房線、外房線の末端のこの区間に乗るのは中学生のとき以来、40年以上経っています。
両親といっしょに安房小湊か安房天津の民宿に泊まっての海水浴に来て以来、時は過ぎ私もおじさんになりました。

千倉駅にて、この区間はさすがに閑散としています。


千倉から先も線名は内房線だけど、見える海は太平洋、外房です。


館山から約40分の乗車で安房鴨川着、今度は外房線千葉行きへ乗り換え。

太平洋の輝く景色を堪能できました。



懐かしい安房天津、安房小湊駅に停車していきます。


中学生のときは特急にしか乗っていないので、この区間を各駅停車に乗るのは人生初めてです。
昔は千倉まで特急が走っていました。「わかしお」か「さざなみ」かは忘れました。
あの頃は房総各線の特急は充実していました。
「わかしお」、「さざなみ」、総武線系は「しおさい」、「あやめ」、「すいごう」、
そして、急行群もたくさんありました。
また夏は、「青い海」、「白い砂」だったかな?はっきり覚えていないけけれど、海水浴客向けの113系の愛称付きの快速電車もあったと思います。

行川アイランド駅はそのままだけど、行川アイランドは確かつぶれたはずです・・・。
中学生のときの海水浴ではたしか連れて行ってもらったはずです。

B.B.BASEというキャンペーンをやっているようで、要するに自転車、サイクリストの誘客。途中でこんな電車とすれ違いました。209系の改造のようで、車内は豪華な3列ボックスシートに改造されています。


一般客も乗れるのか?、久しぶりの鈍行旅、知らないこと、新しい発見だらけです。

勝浦から複線となり、乗客も入れ替わりながらも少しずつ増えていきました。
長者町駅は昭和の駅舎そのものです。



勝浦で接続した特急わかしおに茂原駅で抜かれ、大網駅で下車。
東金線に乗り換えです。
東金線ホームは外房線ホームとは離れたところにあり、思ったよりも大勢の乗換客といっしょに急いで乗り換えました。

東金線もたぶん、昭和時代に1回だけ乗っただけと思います。
乗客は多く、それなりの需要があるようです。

成東駅に到着、ほとんどの客が千葉行きに乗り換えていきました。
東金線の電車は行き止まりの0番線に到着です。0番線はいかにもローカル線の終点という雰囲気です。



反対側に銚子行きのしおさい号が到着してすぐに発車していきました。
大回り乗車中でも特急券を買えば乗れるけれど、別に急ぐ訳でなし、次の普通を待ちます。



時間はまだ正午前、早起きのせいもあるけれど、もう1日分くらい活動した気分で充実した1日です。

実は今日、乗り継ぎばかりで朝食を食べ損ねています。成東駅の改札内に売店はなく駅員に言って、改札外のニューデイズで買い物させてもらいました。サンドイッチを購入、すぐにホームに戻り食べました。

昼下がりの成東駅、冬空は天気もよくのんびりしたものです。



成東から乗った銚子行き4両編成。適度に空いており、ボックスシートを確保できました。



銚子まで約1時間、本当にこのあたり車窓からの景色には何もありません。たんたんと電車は進みます。


銚子駅に到着。最近、建て替えられたらしいです。



佐原から約8時間半かかりました。
改札でスイカをタッチ、670円の表示です。
ちなみに、佐原から銚子は成田線で38.6キロです。

しかし今回の乗車距離は307.1キロ。東海道線なら東京から三河大塚と三河三谷の間までと同じ距離、5400円分に相当します。
改めて計算してそんな長距離なのかと思いました。
房総半島って思いの外、広いです。

次の銚子電鉄の電車まで約40分あるので駅前を散歩しました。

チェーン店の居酒屋とかあるものの、首都圏の開発からは取り残されたような、駅前の雰囲気は昭和のままです。

駅に戻ったところ駅前に外川行きのバスが止まっています。電車に乗ろうと思っていたけれど、バスで行くのも一興かと乗り込んだところすぐに発車しました。
銚子の街中の景色を楽しみ、外川までの所要時間は電車と変わりませんでした。
運賃は320円、電車よりも20円安かったです。

外川バス停です。



外川の街、漁師町なんでしょう。坂道と入り組んだ狭い道。古い街並み。映画のロケ地を散歩しているみたいです。





外川港横の海岸で一休み。




外川駅のすぐ近くに活魚問屋島長の看板がある建物に「外川ミニ郷土資料館」とあります。
中に入ると、御年80歳を超える元気な女性が丁寧に説明してくれました。
島長は外川最古参かつ最大規模の鮮魚問屋だったそうで、女性はここで生まれ育って80年以上、この街を見てきたと話されました。この建物も取り壊す予定だったけれど、資料館として残したそうです。

外川駅、ここも昭和末期に訪れて以来、約30年ぶりの再訪です。


古い電車が行き止まりの線路に留置され、中は見学可能です。



中にはローカル私鉄や三セク鉄道によくいらっしゃる方がいます。



良い雰囲気です。



駅内には観光客らしき人が幾人かいて銚子行きの電車を待っています。
売店では濡れ煎餅がたくさん売られています。



地元、ヒゲタ醬油の広告の渋い椅子。
資料館の女性一押しの醤油です。



折り返し銚子行きの電車が到着。





犬吠駅からも、外川駅よりもちょっと多いくらいの観光客らしき人たちが乗ってきました。
その後の駅からは地元の客がほんの僅かしか乗ってきませんでした。

銚子電鉄も経営は苦しいようで、一時は濡れ煎餅で稼いだけれど、一段落したみたいです。
電車の本数が1時間に1本では、一般地元利用者にとってはちょっと苦しいかな。

銚子に戻り、売店でビールを仕入れ、佐原までの帰路はお決まりの飲み鉄を楽しみ帰りました。



行きは8時間半、帰りは約50分で佐原に到着しました。
  

Posted by よっぱらいくま at 14:58Comments(0)TrackBack(0)乗車記 JR

2018年10月21日

磐越西線の旅2

鹿島臨海鉄道から水戸、いわき、磐越東線、郡山を経て、会津若松へ来ました。

目的は、会津若松から新津まで、キハ47に乗ることです。
昨年の9月に乗って、気に入ってしまったので再訪です。

昨年の記録はこちら




なんと1両は旧国鉄塗色です。でもキハ40系にこの色はなかったんだけどねえ。
正面から見るとキハ58のようだけど、側面はキハ66に見えてしまいます。

明日の朝の列車に乗るため、会津若松で一泊。
居酒屋で乾杯です。
会津若松は酒どころ、よさげな居酒屋がたくさんあります。
そんな中、市中をさまよい適当な店へ。私はいつも店構えを見て直感で入ります。
飲み比べセット。安い。それにどれも旨い。日本酒、やっぱりうめえ~。




この列車は、野沢、徳沢、津川で長時間停車します。
ここが気に入っているところです。昔のように駅前を散歩したり、写真を撮ったりできます。









野沢駅前通りの酒屋は今日は閉まっていました。会津若松で買っておいてよかった。







今日も窓を開けて車窓を楽しめました。本当、冷房も暖房も必要ない時期に限られます。










新津駅にはこんな方々がホームのベンチに座っていました。

  

Posted by よっぱらいくま at 16:06Comments(0)TrackBack(0)乗車記 JR

2017年11月24日

北陸3セクの旅

新潟から米原まで、旧JR信越本線~北陸本線を、両端のJRを含めて、3社の三セクを通しで乗りました。前回書いた、磐越西線の旅からの続きです。

北陸新幹線が開通して並行区間が3セク化されたからは、初めての乗車です。
新潟から直江津までは、JRの特急「しらゆき」という、最近?できた特急に乗りました。約2時間の快適なJRの最新車両の旅でした。何系というのかは知りません。昔だったら485系だったのでしょうが、485系も全滅ですね。


車内で、新潟駅で買っておいた駅弁を食べました。新潟駅は種類は少ないものの、私好みの駅弁が多く、買うときは迷います。今回はこれ。私の好物が詰まっています。





新津駅の構内は広く、まだまだ磐越西線のキハ47系統が数多く見られます。これも近い将来に消えていくのでしょう。



直江津に着いて、いよいよこれから、金沢まで3セク3社の乗り継ぎです。直江津駅の乗り換え通路には、駅弁屋さんが元気に営業中です。三セク駅になってもこの姿は変わっていないようです。北陸本線と信越本線のジャンクションだった直江津駅は国鉄時代から鉄道の要衝の駅でした。EF62やEF81がごろごろとたくさんいた広い構内に今、その面影はありません。
さて、えちごトキめき鉄道に乗り込みます。直江津駅のこのホームからは、昔はEF81に牽引された旧型客車、583が改造された419系、455系急行型アコモ改造車などに何度も乗り込んだ思い出があります。直近では2010年頃に金沢と直江津を455で往復したのが最後です。
えち鉄の泊行きは、予定通りの新型気動車1両。旧客の時代なら最低でも4両か6両。455、419でも3両編成。収容力は大幅減、それでも本数が大幅に増えていれば良いけれど、JR時代と大差ないです。案の定ほぼ満席で、かろうじて2列席の通路側に座ることができました。車内は立ち客も20人くらいいます。今日は土曜日の昼過ぎ、車内の客層はあきらかに地元の短区間乗車組よりも、乗り通しそうな客が多いです。車内がクロスシートだから、秋田地区の701系なんかよりもまだましですが。
直江津を発車したあとは、昔は485系が数多く疾走していた立派な線路の国鉄大幹線を、なじみの景色を見ながら走ります。1両の気動車と各駅の長いホームが違和感満点です。
トンネル内にホームがある筒石駅で、鉄道マニアが数人下車しました。最近、朝の情報番組で上越線の土合駅が取り上げられていたけれど、こういう駅がテレビで話題になる時代になりました。私らの世代の鉄道マニアなら当たり前の情報なんですがねえ。その番組で、土合だけでなく筒石も取り上げていたら、スタッフは通だのぉ~と誉めてあげたのに。
糸魚川で、たぶん大糸線か新幹線に乗り換える客と地元客がたくさん降りて、ようやく私も窓側に座ることができました。
親不知付近で国道と高速道路が海側に現れます。


親不知駅は駅名標のデザイン以外、何も変わっていません。


この区間は、親不知子不知をまさに体現しているのが、高速道路の建設場所です。海に張り出すしか場所がなかったのです。北陸新幹線は山の中を長大トンネルで貫いていますが。


市振駅です。ここがえち鉄と、あいの風とやま鉄道との境界駅ですが、列車はすべて泊駅まで行きます。


越中宮崎駅はとやま鉄道の駅だけど、ほとんどえち鉄の気動車しか通りません。時刻表を見ると、朝晩の2本だけとやま鉄道かIRいしかわ鉄道の電車が糸魚川まで乗り入れるので、その電車が走るのみです。




泊駅で乗り換えです。
この駅でのえつ鉄ととやま鉄との乗り換えは、同じホーム同じ線路に2本の列車を入線させるという、乗り換え客に楽な方法をとっています。


富山方から泊止まりの電車がえち鉄が止まっているホームに入線。

ホームではこんな感じ。





ホームには案内板もありますが、何人かの人は、乗務員に乗り換え方法を聞いていました。


泊駅、国鉄、JR時代には、降りたことはありません。下車は初めてです。国鉄時代から、泊始発の富山方面への普通列車はありました。





窓口はあり長距離切符も買えます。

実は私は磐越西線の旅のため、郡山駅でこちら方面への通しの切符を買おうと思っていました。
郡山駅で私は、郡山発で磐越西線、信越線、北陸3セク経由、金沢、名古屋と、通しで発券してもらおうと頼みました。郡山駅の窓口の若い女性駅員は長いこと端末を操作していたけれど、発券できませんでした。
指定された私鉄を挟んで、両端が国鉄、JRでの通し発券、連絡きっぷという制度があります。そうすると両端のJR区間の距離を通算されるので、遠距離逓減が効いて安くなったのです。ただしその条件は間の私鉄は1社のみでした。しかし、北陸本線が細分化して分断されたのだから、国鉄JR時代は当たり前だけど通しで買えたのだから、私は新幹線開業のために分断された3セク鉄道なら通しで買えるものと思い込んでいました。
しかし、やはり通し発券は1社のみしかできないと、郡山駅で格上の男性駅員が何か分厚い通達集か規則を持ってきて説明されました。結局、なぜか糸魚川までしか発券できないということで、この窓口で糸魚川から泊駅までの区間の乗り越し精算をすることになったのです。所属でいえば市振までは発券できたはずだけど、よくわかりません。要するにこの区間を乗り通すには、それぞれの3セク区間を細切れに買うことになるうえ、JR区間も分断されるということです。乗り換えばかりで切符は通しで買えず、完全なサービス低下であり割高になるのです。整備新幹線の開業と並行在来線の3セク化は、どう見ても理不尽です。
泊駅から名古屋までの切符も頼んだけれど、こちらは買えたけれど通しというか、泊-金沢間の切符と、金沢-名古屋の切符を分断して買えただけです。しかもカードで支払いを頼むとJR区間は使えるけれど3セク区間は現金しかダメということでした。それでも窓口氏はちゃっかりと、金沢-名古屋の特急券はいらないのと言ってくるので、しらさぎの名古屋行きか米原行きに乗るかは決めていなかったのでとりあえず、金沢-米原の特急券はささやかながらとやま鉄道が受け取るJRからの手数料分の増収に協力するために併せて購入しました。

郡山-名古屋の運賃、JR時代と3セク化した現在を計算してみました。
JR通し 10,480円
直江津-金沢 3セク化後 12,900円
差し引き 2,420円高くなりました。そして在来線特急がなくなった分、時間もかかるようになりました。

ちなみに、上越妙高まで行って、上越妙高と金沢間を新幹線利用で計算すると
こちらは直江津-上越妙高間はえち鉄となるけれど、前後のJRは通算されるので
郡山-名古屋(北陸新幹線経由) 10,720円と、3セク経由よりも乗車券は大差ありませんが、新幹線特急券の2,590円分(自由席)がもれなく加算されます。
名古屋から富山へ行くのにも、金沢で乗り換えさせられて割高な新幹線に乗らされるのはどうかと思います。せめて金沢-富山間は隣駅扱いの特定料金の適用でもしてくれたらと思います。乗り継ぎ割引はあるけれど。


泊駅前には古い駅前食堂が健在でした。


ホームの跨線橋の柱には、古いレールがありました。


泊からは、金沢直通の電車を選んで乗りました。だって、富山の乗り換えが面倒だし、良い席に座れるかどうかもわからないし。

倶利伽羅駅もJR時代と変わりありません。いしかわ鉄道の駅名標はJRのものをそのまま使用しているようで、社名のシールが目立たないくらいの小ささで張ってありました。



金沢駅に夕方到着。ホームも駅構内も、乗降客があきらかに新幹線開業前よりも増えています。
今日は車内で酒は一滴も飲んでいないので、金沢駅名店街にあるお気に入りの店「山さん」で日本酒を飲みました。ここの鰯の刺身はやっぱり旨かったです。おでんももちろんで、いつもの倍食べてしまいました。

金沢からは、3セクに比べれば遙かに快適なしらさぎに乗って、名古屋へ帰りました。
感想としては、覚悟していたからか、直江津から金沢まで、時間はたっぷりかかったけれど、なかなか楽しかったということです(直江津-糸魚川間は除く。やっぱり1両はひどい)。最も移動だけが目的だったら、選択肢にはならないでしょうね。しらゆきで上越妙高まで行って、北陸新幹線に乗り換えて金沢へ向かった方が賢明でしょう。
  

Posted by よっぱらいくま at 17:47Comments(0)TrackBack(0)乗車記 JR