2017年03月13日

青函連絡船記念日

 今日は青函連絡船最期の日、青函トンネル開業記念日です。
 毎年毎年、懲りずにこの日は特別の日です。
 自作の青函連絡船ビデオを観ながら酒を飲みながら、浸っています。
 
 あれからまる29年。
 昭和63年3月13日に青森と函館に集まった人たちは今は、最低でも間違いなく40代後半以上の歳になっていることでしょう。

 あの日、青函連絡船の終航に立ち会った人たちと、同窓会ができないかなあ。  

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2016年03月13日

3月13日青函連絡船最期の日

今日は青函連絡船最期の日の記念日。
毎年飽きることなく、この日は青函連絡船を偲び、自作のビデオを観ながら酒を飲む日です。

今年、いよいよ新幹線が青函トンネルを通る北海道新幹線が開業する節目の年です。

青函連絡船がなくなりまる28年、感慨ひとしおです。

自作ビデオを観ながら、青函連絡船の思い出に漬かっています。
あの頃は、肩に担ぐビデオカメラを持っていると、プロに見られていろいろ得したなあ。

青函トンネルが開通し青函連絡船が廃止された昭和63年、インターネットも携帯電話もないこの時代の方が、どいつもこいつもスマホの画面ばかり見つめている今よりも、楽しく生きやすかった気がします。  

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2014年03月30日

青函連絡船 乗船名簿

またまた青函連絡船の話しです。

昔し昔し、上野発青森行きの昼行列車、夜行列車問わず、洗面所に青函連絡船の乗船名簿の束がぶら下がっていました。

上野駅で写真を撮っていた、中学、高校生の頃の私、発車前のこれらの列車にちょっとだけ乗り込み、洗面所にある乗船名簿を頂いたりしたものでした。






 北へ向かう特急と、その先へ続く連絡船と北海道を夢見たものでした。

乗船名簿の紙切れだけで、夢を追うことができた、若い時代でした。  

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2014年03月13日

今日は青函連絡船の日

 3月13日は、昭和63年、今から26年前に青函トンネルの開業と同日、青函連絡船が最後を迎えた日です。
 思い出深い青函連絡船、私にとっての記念日です。
 自作の、最終運航日前後に撮影したビデオ作品を観ながら、酒を飲む日でもあります。
 今や、現在の大学生は、この当時まだ生まれてもいないのです。そのくらい年月は過ぎました。
 あの独特の旅情は、特別でした。当時を知る人は、今は最低でも40代以上なんでしょうね。
 私は当時、就職2年目のぺーぺーでしたが、大枚をはたいて購入したS-VHSの肩に担ぐフルサイズビデオカメラを持って、撮影したものです。当時はS-VHSのビデオテープは、ヨドバシで120分のが1本3000円もしました。それを3本買って行きました。ある意味、やっぱり当時はバブルでした。
 そのパソコンで編集したビデオ作品は、今、大画面の液晶テレビで見ても、画質の細かさは十分視聴に耐えるものです。VHSの基本性能の高さがわかります。やっぱりHi-8とかは性能悪かったですもんね。
 今年は、つい先日に八甲田丸を再訪したこともあって、しみじみとビデオを観ながら、青函連絡船を偲んでいます。  

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2012年03月16日

青函連絡船

今日は、明日からのダイヤ改正でなくなる列車たちのことを、ニュースでたくさんとりあげてくれています。
新幹線初代のぞみ号の300系、寝台特急日本海号などが、テレビに映っています。
300系を見送るたくさんの若い人たち。

私にとっては、いろいろな列車たち、古い車両が消えてきたけれども、一番の思い出、そして、一番好きだったのは、青函連絡船でした。

昭和63年3月13日に、青函トンネルの開業と同時に、青函連絡船はなくなりました。あれから24年が過ぎました。
私の年齢は48歳。ちょうど人生の中間地点で、青函連絡船はなくなってから、人生の半分の年月が経過したと思うと、感慨深いです。

青函連絡船がなくなった頃は、世はバブル景気の真っ只中。
バブル景気をとやかく言う気はありません。しかし、今の日本は、コスト縮減だなんだとみんな後ろ向き、給与が高い組織は叩かれ、足の引っ張り合いばかり。あの頃は勢いが、活気がありました。今の時代よりずっとましでした。

私にとって3月13日は特別な日、青函連絡船の命日です。親の命日は忘れても、毎年3月13日は忘れず欠かさず、青函連絡船をしのんで、自作のビデオを観ながら、酒を飲みます。
でも今年は、13日にはこだわらないで、要するにすっぽかして、今日、300系のニュースも見ながら、青函連絡船を偲んで、飲んでいます。さすがに最近は、こだわりもなくなってきました。

当時は、石原慎太郎が運輸大臣でした。私は、青函トンネルを通って青森から函館に着いた一番列車から降りる石原慎太郎を、函館駅で目の前でビデオに撮りました。

青函連絡船を知っているのも、今の40歳代以上なのが現実なんでしょうね。津軽海峡冬景色の歌詞の意味も、若い世代はわからないんだろうなあ。  

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2011年03月13日

青函連絡船

今日、3月13日は青函連絡船の最期の日であり、青函トンネルが開業した記念日です。

東日本を未曾有の大災害が襲っている今、東北地方のことが心配でなりません。

三陸沿線を旅したときを思い出すと、本当に心が痛みます。
陸前高田の街で、いろいろおみやげなんかを買った店とか。宮古で泊まった宿とか、ニュースを見ているともう、心が落ち込みます。

青函連絡船がなくなって、今年で、1988年から2011年、23年もたってしまったのですね。
  

Posted by よっぱらいくま at 22:01Comments(0)TrackBack(0)青函連絡船