2017年11月25日

名鉄 黒野駅今昔

名鉄揖斐線の旧黒野駅を先日、訪問しました。
廃止以来、公園として整備されたり、一時期511型が里帰りしたとかの話題は耳にしていましたが、平成13年9月30日の黒野-揖斐間と谷汲線が廃止されて以来、初めて行ってみました。
景色を比較するため、昔の、現役のときの写真を探してみました。










2番3番ホームと屋根が残っています。



どうでしょうか。750型が懐かしいです。







本揖斐行き電車が主に発着していた1番線から本揖斐方の風景です。







忠節方です。







黒野-本揖斐、谷汲線が廃止された日、最終が到着したあとに、このホームの時刻表をはずしているところです。







ちょっと角度が違いますが・・・。




黒野駅舎内には最近、喫茶店もオープンしました。



廃止されてもう、15年近く経ちました。線路跡は今でもかなり、残っています。  

Posted by よっぱらいくま at 16:27Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 私鉄

2016年07月10日

東武9000系

東武東上線に乗り、小川町まで行きました。

たまたま9000系のトップナンバー編成に乗車しました。
思い出のある車両です。


乗車した、小川町折り返しの9001。


高校時代、私は東武東上線沿線に住み、毎日8000系に乗っていてうんざりしていました。当時の東武鉄道は長年にわたり8000系を製造を続けていました。
没個性の8000系は趣味的にもつまらなく、数も多すぎて嫌いでした。今考えると、乗り心地やシートの座り心地の良さ、安定した高性能など、長所がたくさんあったけれど、当時はこればかりでつまらなかった、国鉄103系状態でした。

そんな昭和56年、ついに東上線にも新形式9000系が入るとの情報が。将来の地下鉄有楽町線乗り入れ仕様の新車です。
高校通学で毎日東上線に乗っていたある日、鶴瀬駅待避線に停車中の9000系試運転列車に遭遇しておもわず下車してしまいました。
当時の私はキャノンFTbを毎日持ち歩いているカメラ小僧でした。あんなでかく重いカメラをいつも持ち歩いていたなんて、今では考えられませんが。

それで撮った写真がこちら。駅員の許可を得て、ホームから降りて線路上でも撮影しました。こんなことが認められる(ダメとは言わない、暗黙?)おおらかな時代でした。


池袋方の9101です。


近所の子供が珍しそうに見ています。


通過する急行8000系とのツーショット。


こちらは9001、寄居方です。上福岡駅に進入中。



こちらは現在の9101です。
デビュー当時とほとんど変わっていません。
貫通扉の上の9101の表記が、当時はありませんでした。
昭和56年、1981年あれから35年たっています。

結局、9000系は地下鉄乗り入れの特殊形式で、8000系の後継車は10000系となり、その後大量に製造されました。
あれも個性はないなあ。

昔はうんざりしていた8000系も、今は小川町-寄居間でほそぼそと運用されています。余命もわずかでしょう。
毛嫌いしていた8000系も、今は昔の色に復刻、リバイバル塗装が施されています。あんなにつまらないと思ってクリーム色一色の姿が懐かしく思えるから不思議です。正面は改造顔だけど。




この角度で見ると懐かしさひとしおです。


車内の座席も復刻色、こだわりが。


今回小川町を訪れた目的は、駅近くにある武州めん製のうどんを買うために。ここのうどんはおいしいんです。埼玉県内のヤオコーとかにも売っているのだけど、一度、工場製造直売のものを買ってみようかと。
結果、直売所には目的のうどんがなく、小川町駅前のヤオコーに行ったら山とあって、そこで買ったというオチでした。直売所向かいの直営店で昼食にうどんを食べたので、よしとします。

昨年秋に、上福岡のヤオコーで買ったときのものです。直営店では売り切れ?でした。


冬季限定のなべ焼きうどんもとてもおいしいです。


こちらが直営の食べ処。



埼玉県は、香川県の次にうどんの消費量か製造高が多い県で、おいしいうどん屋さんやメーカーがたくさんあります。
そういうおいしい製品が普通にスーパーで売っています。
埼玉の知られざる地味な名物が、うどんです。

  

Posted by よっぱらいくま at 15:49Comments(1)TrackBack(0)昔話と昔の写真 私鉄

2015年11月08日

昭和の東武東上線

昭和50年代後半くらいの写真を見つけました。

これは大学時代に撮ったもので、和光市-朝霞間です。
7800系が釣り掛けモーターを唸らせていました。
まだ複線です。
今は複々線となり、東急東横線の電車も乗り入れてきて走っているなんて、当時ではウソのような景色に変貌しました。





2枚目の背景には、複々線化と営団地下鉄有楽町線乗り入れのための車両基地への分岐構造物が写っています。
この写真を撮った翌日、大学の鉄研の先輩から、「昨日、(朝霞-和光市間で)写真撮っていただろう」と言われました。世の中狭いなあと思いました。土日の行動まで見られてしまうとは。
その先輩は常に先頭、8000系なら絶対に座らず運転台後を陣取り、前面展望をしている人でした。
偶然に電車で出会ったとき、先にいた先輩の隣にいっしょにいると、「第1閉塞進行」だの、「場内出発進行」などとつぶやき始めました。私がいっしょになってから声を出すようになったけれど、一人のときはさすがに声には出していませんでした。
たまに電車の中で、ちょっと足りないような鉄道マニアっぽい人が、鉄道の運行用語などをを1人でぶつぶつ言っているようなこともあります。彼と私の違いは、声に出すか出さないだけの違いだなと、思います。


次は、鶴瀬-上福岡間です。
今はリズムタワーが建ち、元アウトレットモール・リズムがある辺りです。1990年代に出来たリズムモールは、大変な賑わいだったけれど、つぶれました。今は別の店が入っているはずです。
元々、新駅(仮称「苗間駅」)はこの辺りに建設される予定だったと聞いています。モールがそのまま駅前通りとなる前提で、タワーマンションと同時に開発されたと。
しかし、実際は新駅の「ふじみ野」は500?メートルほど上福岡寄りの、何もない畑のど真ん中に設置されました。あてが外れたのはリズムタワーの住民とモール関係者でしょう。
有力地権者が無理矢理位置を変えさせたとかいううわさがあったけれど、真相は知りません。


この辺りは一面畑で見通しがよく、西に沈む夕日を撮りにいったときに、ついでに撮ったものです。今、この写真の周辺は高層マンションが林立して新しい道路もたくさん出来て、昔の面影はほとんどありません。


お次は和光市駅。
今は複々線の2面4線の立派な高架駅。駅前は建物が林立しています。
しかし、昔は地平の島式1面2線のホーム。駅の西口は一面畑で、出入り口もありませんでした。
もちろん、ただの途中駅で、普通しか止まりませんでした。
全列車が停車する今が、ウソのようです。




最後に志木駅。
基本、2面4線地平ホーム橋上駅で変わってはいませんが、駅周辺、特に北口(今は東口になったかな?)は激変しました。駅前にあったダイエーも志木ファイブもありません。昔の北口の写真を撮った記憶があるけれど、見つかりません。

  

Posted by よっぱらいくま at 14:20Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 私鉄

2015年08月20日

名鉄 谷汲線

平成13年の廃止直前に撮りためたものです。


  

Posted by よっぱらいくま at 20:43Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 私鉄

2015年08月19日

樽見鉄道

20年くらい前の写真です。
美濃神海駅です。













  

Posted by よっぱらいくま at 20:31Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 私鉄

2015年08月18日

名鉄竹鼻線 大須駅

2001年、平成13年の廃止直前の竹鼻線大須駅での絵です。

なんか良い雰囲気です。




ネガをスキャンして見つけました。
14年前の写真です。
フィルムカメラのEOS-1、マニュアル撮影です。
常に手持ち撮影、三脚は使いません。
トリミングとか補正とか、私は絶対にしませんよ。
デジタルの時代になっても、オリジナル絶対です。

この年、名鉄のローカル線がたくさん廃止されました。
いろいろ撮影しているので、随時載せていきたいと思います。  

Posted by よっぱらいくま at 20:49Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 私鉄

2015年07月21日

名鉄揖斐線 黒野駅 雪景色

名鉄揖斐線、もう20年くらい前の写真です。


















  

Posted by よっぱらいくま at 21:05Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 私鉄