2012年05月26日

金環日食の写真

 この前の金環日食の写真ができました。
 露出オーバーで光の輪が大きくぼけて写っています。
 私はデジタル一眼レフを持っていないので、久々にフィルムカメラのキャノンnewF-1で撮りました。
 太陽撮影用フィルターも用意していないので、いい加減なものです。
 200mmF4.5の望遠ズームに2倍のテレコン付けて400mm相当にして、絞りは最大F32にしてテレコン付けているので2倍のF64相当、シャッター速度は最速の1/2000、ピントは無限遠にして撮ったものです。それでもやっぱり露出オーバーでした。





 コンパクトデジカメで日食メガネをレンズ部分に重ねて撮ったほうが良かったと後で気づきました。金環日食が終わったあとに気がついて部分日食のときに、それで撮りました。
 でもピントがぜんぜん合わないのです。私のコンデジでは無限遠固定もできないので、ピント合わせにカメラが迷っている状態で無理やり撮りました。やっぱりピンボケ。





 どちらの撮り方も、新聞等ではやってはいけないと書かれていた手法です。
 一眼レンズにフィルターも付けないなんて無謀以外の何物でもありませんが、それでもなんとなく撮れてしまうものでした。
 フレーミングのときは、絞りも手動にして最大に絞った状態で日食メガネを通してやりましたよ、そのまま見たら絶対にやばいことはわかっていましたから。でも、それだとファインダー内にはほとんど見えず苦労しましたが。だから絞りは若干明けたりもしましたが・・・。あまりマネはしない方がいいと思います。

 撮影にはそれなりの装備が必要、ということでした。  

Posted by よっぱらいくま at 13:10Comments(1)TrackBack(0)日記

2012年05月21日

やっぱり見てよかった

 金環日食を見ました。
 今日は仕事も休みました。
 朝、名古屋の空は日食のはじまり頃には晴れていましたが、たちまち雲が広がり始めて、空は暗くなってしまい太陽は見えなくなってしまいました。なんてこったと思って、東の空を見ていましたが、南東の方向から青空が見え始め、なんと、金環食の始まる本当に3分くらい前に雲は完全に切れ、快晴となりました。人生で自分の住んでいる地域では2度とないだろう金環日食の直前に雲が消え去るなんて、なんか未知の不思議な力でも働いたかのような神秘でした。
 金環食の最中は、近所の人たちもたくさん、日食メガネで太陽を見て歓声を上げてました。
 太陽と月と地球が一直線に並び、地球のほんの小さく狭い地点に月の影が映っているという、なんと不思議なまた貴重な時なんでしょうか。
 金環食の最中は、まわりの風景も通常の太陽光を受けているときとはまったく違い、フィルターを通して見ている様な、なんか透けて見ている様な不思議な状態でした。金環食そのものも感動ですが、そのときのまわりの風景はなんとも不思議でした。気温も下がったように感じ、太陽光がもしこのままだったら、地球の気温は一気に下がって、人類もすべての生物は死滅するのだろうなと想像しました。太陽と地球の距離、太陽の力と、その絶妙な配分で地球に空気と水が存在し、今の気温が保たれて生物が存在していると思うと、本当に不思議です。
 この日食が、月の影が地球のごく一部の小さく狭い一点に映っていると思うと本当に不思議です。その点の中に自分がいるのだなと。頭の中に地図を描き、太陽を隠す月が移動していくのを感じながら、この軌跡の先には、鹿児島や東京があるのだなと感じました。月と太陽を結ぶ線の先がどんどん東に移動しながら東京方向に移動して太平洋に抜けていくのだなと思いました。
 太陽を中心に地球がまわりを回り、月は地球のまわりを回る、そして地球自身も自転している。その一瞬の、人間の一生のうちそのタイミングにその場所にいること、なんという貴重な偶然なのでしょうか。
 金環食が終わっても、あたりはなんとなく太陽からの光は弱く透けたような感じでしたが、太陽が4分の1以上くらいになった頃には、明るさも気温も元に戻ったよう感じでした。
 このような自然現象、宇宙のことは、人間の手では絶対に作り出すことはできないことです。
 ベランダから下を見ても、まわりの人たちは道を歩く人も足を止めて太陽を見ていました。しかし、金環食の最中も脇目もふらず足早に駅へ向かって行くサラリーマンや女子高生もいました。人の関心事にとやかく言う気もありませんし、興味を強制する気もないけれど、このような人の力が決して及ばない、人生で2度とめぐり合うことはないかもしれない自然の神秘の現象に何も関心を持たない人というのには、ちょっとさびしく感じます。
 この時間にも電車やバスを運転している人たちもいます。そのような仕事をしている人たちには敬意を表します。
 私は、ディズニーランドとかテーマパークとか、人が人に見せるために作った見せ物には、ほとんど関心がありません。しかし、人が作った巨大な建造物とかには感動します。人に見せるためではなく、ただただ機能を追求するために作られた橋やダム、高層ビル、トンネルなど素晴らしいと思います。瀬戸大橋や青函トンネルの巨大さは、いつ見ても感動します。よく人の手で作ることができたものかと。しかし、最近の東京スカイツリーの騒ぎ、ツリー自体は機能を追及した巨大な建造物なんですが、あまりにも見せ物的に扱われているので、ちょっと関心薄いです。
 ましてや、金環日食、人の手では絶対に制御することのできない自然現象、宇宙の神秘、これに対して感動以外あるでしょうか。
 金環食にまったく関心のない人は、自然に対する畏怖や尊敬がないのかなとも思ってしまいます。自然に対して尊敬や関心を持たず驕りを持ったら、人は痛いしっぺ返しを受けるものと思います。津波も原発事故もまたしかりかなと。
 金環食が終わってからも、ベランダから外を街を歩く人を眺めていました。最近のサラリーマンって、10人中8~9人は、片手バックを持って通勤しています。スーツを着て片手バック、みんな同じ格好に見えて少し不気味です。今の流行なんですか。
 東京からの中継では、新宿や渋谷でもみんなが日食メガネを持って太陽を見ています。たくさんの人が関心を持っていることは良いことです。しかし、みんなが日食レンズを持ち歩いていたなんて、なんかすごいというかなんというか。みんないつの間にメガネを買っていたのですかと聞きたいです。経済効果も大きかったのでは。
 名古屋の空が、金環食の直前に晴れて、本当に良かったです。



  

Posted by よっぱらいくま at 10:21Comments(2)TrackBack(0)日記

2012年05月12日

なつかしの列車 新橋駅にて

 昭和52年(1977年)頃の東海道本線新橋駅で撮った写真です。
 私が中学生のときの写真です。
たぶん、タムロンの望遠ズーム、85~210ミリを手に入れて最初に撮ったものと記憶しています。この頃は住んでいた埼玉県から、こういった都区内の撮影場所によく行ってました。新宿のヨドバシカメラもよく行ったものです。ビックカメラはまだなかったはずです。
 今から約35年前です。古いですねえ。
 この場所は、東京発の九州行き寝台特急の好撮影場所として、当時は有名だったのです。
 ちょうどカーブしていて、適度な望遠で列車の真正面を撮影できました。
 たぶん現在はこの場所には立ち入れないと思います。それか撮影出来ないように高いフェンスか何かが設置されているはずです。あの頃はおおらかでした。撮影も結構自由でした。今はねえ~・・・。
 
 はやぶさ号とみずほ号です。










 みずほ号バックに見える京浜東北線の103系は窓が全開です。この時代は冷房車と非冷房車が半々でした。他の写真には冷房車も見えます。
 今、節電が叫ばれているけれど、この時代のように冷房など使わずに窓を全開にすればどうにかなるのにと、本当に思います。前にも書いたけれど、節電と称して車内の照明は消しても、冷房はガンガンつけているのは大バカ者だと思います。今の世の中は。しょせんパフォーマンスしか受けない、認められない世の中です。政治も何もかもが・・・


 同じ日に撮影したはずですが、さくら号だけはEF65の1000番台でした。
 隣には0系新幹線も見えます。







 東京発、さくら号が16時30分、はやぶさ号が16時45分、みずほ号が17時00分と、30分の間に3本の寝台特急を撮影できるという効率の良さでした。
 そのあと、1時間空いて、これは通勤電車を優先させるためか、18時発の富士号、続いてあさかぜ号が1号、3号と続き、時間が空いて、それは目的地までの距離が近くなっていくので発車時間がどんどん遅くなって、瀬戸号、出雲号、いなば・紀伊号、最後は大阪行きの銀河号が発車していきました。
 撮影できたのは、富士号までで、あさかぜ号だと暗くなってきてきつかったかな。


 こんな列車も東京口の本線を堂々と走っていました。配給車です。部品などを駅など必要なところへ届けるのが目的の車両です。




白黒なのでよくわからないかもしれませんが、当時は横須賀線の113系も東京駅は地上ホームでした。




ちなみに湘南色の113系はこちらです。




EF58も走っています。12系を牽引していました。何か臨時列車かな?






 夏至の頃の夕方は、東京発九州方面へのブルトレ撮影が楽しみでした。
 新橋駅の雰囲気も古いです。
 
 撮影後は、通勤ラッシュにもまれて、埼玉まで帰ったものですが、きつかったとはまったく思いませんでした。あの頃は若かった。中学生でしたから。
 今だったら、新橋界隈でちょっと1杯やってから帰るところでしょうが・・・。 


  

Posted by よっぱらいくま at 10:18Comments(0)TrackBack(0)昔話と昔の写真 国鉄・JR

2012年05月06日

バス事故2

 関越道のバス事故の実態が明らかになってきた。
 運転手は日雇いアルバイトで、通常はバスも持ち込みで仕事を請け負っていたなどど、もうめちゃくちゃだ。
 運転手と会社に罪はないと、前回は書いたけれどこれではだめだ。
 社長は、口約束だけれども雇用関係にあると言っている。そんなことは厚生年金や健康保険がどうなっているか明らかにすることで、一発でわかるだろう。なんてお粗末な経営者なんだろうと思う。
 しかし、というかやっはりそれでも、根っこにあるのは規制緩和による新規参入を大幅に緩和したことが、一番の原因であると思う。
 新聞なんかでは、国の規制がいい加減だったとか、監督責任を問うような論調だ。
 まったくいつもいつも、行政を悪者にして満足するのかね、マスコミは、と思う。それを決めたのは、そういうい制度を作ってきたのは政治家であり、それに賛同してきた国民でしょと言いたい。なんでも行政に責任転嫁することが、マスコミの常套手段だ。
 もともと行政改革や構造改革とか規制緩和とかそういう愚策を、もろ手を挙げて賛成して世論を誘導してきたマスコミと、それに便乗して人気取りをして選挙に勝ってきた政治家、そしてそういう改革バカな政治家を正義の味方のようにして選挙で勝たせてきた国民の責任だ。
 公共交通部門の規制は2000年以前の状態に一刻も早く戻して、更なる規制強化をして、コストなどよりも安全を第一にした運行をする大手業者が安心して運営できる適正な価格を維持できるようにしてほしい。価格競争で健全な業界を崩壊させるような現状を、今すぐに是正してほしい。
 そうなればツアーバスなどという形態は消え去り、適正な高速路線バス網を維持していけるだろう。そのために価格が上がることは、仕方ないし受け入れるべきことである。
 未だに改革を叫び行政を悪者扱いして、過去を全否定して人気を得る政治家には、疑問をもってほしいと思う。
 今回の事故は自動車交通社会の中で起きたこと。福知山線の脱線事故のように、マスコミが大々的に企業の責任を追及することはないだろう。マスコミの矛先は必ず大企業や役所に向かうものだから。今回も行政の責任追及に走っている。
 鉄道と自動車の安全性を比べれば、鉄道がはるかに上で信頼されているからこそ、鉄道事故が起こったときの社会の追及は大きいが、今回のバス事故は日常にあふれている交通事故のひとつとして、すぐに忘れ去られていくと思う。福知山線の脱線事故のように、毎年報道されることもないだろうし、低次元すぎる経営者と運転手の責任追及も、すぐに報道されなくなるだろう。
 自動車事故で毎年何千人もの人が死亡し、何万人もの人が怪我を負い、その中には一生障害を負って生きていくことになる人も生んでいる。しかし、こんな交通事故のリスクは、自動車そのものを減らすといった議論には絶対にならない。政治家も経済界も自動車産業のいっそうの発展のために行動し、世論から異論も出ない。
 かたや今騒がれている原発、これも自動車と同じ文明の利器だと思う。毎年何千人の人を殺している自動車はそのままで、原発だけを悪者にしている風潮は、比べるとなんか納得がいかない。
 自動車が生活に欠かせないものならば、電気だって生活に欠かせないものでしょう。
 原発は事故が起きたら、地域や国そのものを滅ぼす可能性もあるのだから、同列では議論できないが、現実に毎年何千人もの人を殺している自動車交通社会には何も疑問を持たないんですかと、問いかけたい。
 私は、原発については、存続か廃止かどちらに行くべきかの答えは持っていません。でも、急に全廃というのは無理かなと。徐々に廃止の方向に行くべきかなと思っています。今の日本は、事故でもなんでも何か事が起こると、右から急に左向きになったり、その逆だったりと、極端すぎると思います。中庸路線で徐々に方向転換して良い方向に持っていくようなことが必要かと。理想は原子力という人が制御できない力に頼る原発はない方が良いに決まっている。しかし、現時点では急激なエネルギー転換は現実的ではないし、電力が不足するのは間違いないと思う。節電すれば大丈夫とマスコミは否定しているが、産業界の更なる国外移転を促進することにもなってしまうし、日本経済にもマイナスに作用するだろう。20年30年と時間をかけて、代替エネルギーを開発してから、原発を廃止していくしかないと思う。
 それと、世界には原子力空母や原子力潜水艦とかが存在するのだけど、あれって何か事故や、最悪、攻撃を受けた場合、制御できるのですかね。日本の原発だけをことさら取り上げて騒ぐよりも、世界中にはもっと危険なものが身近に存在している可能性があることにも、気がつくべきと思う。  

Posted by よっぱらいくま at 14:45Comments(0)TrackBack(0)事故・災害

2012年05月03日

なつかしの列車 山陰号

 山陰号は、京都と出雲市を結ぶ夜行普通列車でした。
 DD51が牽引する旧型客車の編成で、1両だけ10系客車のB寝台車が連結されていました。
 末期の廃止までの間の普通車は、12系客車になっていました。指定席車はなかったと思います。
 廃止は昭和60年3月14日でした。
 まだこの頃は、旧型客車自体は生き残っていて、旧型客車が山陰本線から消滅したのは、昭和61年12月だったと記憶しています。
 山陰号は、昭和57年3月から発売を開始した青春18きっぷ(発売当時は青春18のびのびきっぷ)を利用して西日本をまわるのに重宝した列車でした。東京を朝出て、京都から山陰号を捕まえて一夜を過ごし、出雲市から一日かけて山陰本線を乗り継ぐと、ちょうどよい時間に九州入りできて、前に書いたながさき号に乗り継げるという、青春18きっぷ利用者としては実に便利な乗り継ぎなんでした。
 当時、18きっぷを利用する人間は鉄道マニアに限られていて、一般人が利用したり、ましてや長距離移動に使ったりするのは、見かけたことはありません。
 山陰本線は、東側の香住-浜坂間あたりの餘部鉄橋に代表される区間と、西側の大田市から先、長門市までの長い区間の海沿いの鄙びた景色だ好きでした。旧型客車の鈍行に朝から晩まで乗っての移動は、本当に楽で楽しかったものです。ワンボックス占領して、1両に数人しか乗っていない状態がほとんどだったので、一部、朝夕の通勤通学時間だけは混むけれど、のんびり景色を眺めて写真を撮って一日過ごすことは、今はどんなに大金を払ってもできないことです。
 途中の大きな駅では何十分も止まって、駅前を散歩したり食事したりと、不便もありませんでした。
 山陰号の話から脱線しましたが、そんな山陰本線の旅に欠かせなかったのが、山陰号だったのです。
 普段の山陰号は、京都を発車する時点では、多少の通勤客を載せていたものの、通勤客は亀岡あたりまでですべて降りてしまい、あとはガラガラの夜行列車になったように記憶しています。深夜の福知山あたりでも多少の下車客はあったかと思います。今の山陰本線の京都口の列車本数と乗客の多さを比較すると、あの頃はうそのように、山陰本線は寂れていました。
 上りの山陰号は、出雲市を出て最初から通勤客の利用もあまりなく、すぐに夜行列車の雰囲気になっていたような気がします。
 私は、山陰号は、どちらかというと18きっぷの利用時の移動手段という位置づけでの利用が多かったので、夜間はしっかり寝ていたので、あまり記憶は残っていません。

 廃止のときの最終列車には、高校のときの友人と二人で乗車しました。
 そんなに混んでなかったと記憶します。ワンボックス1人か2人程度の乗車でした。
 一応、それなりのセレモニーなどもあって、特製ヘッドマークをつけた機関車が牽引していました。










































   

Posted by よっぱらいくま at 14:35Comments(7)TrackBack(0)懐かしの列車

2012年05月02日

バス事故

 今回の事故は、起こるべくして起きたといっても過言ではないだろう。
 高速バスの運賃は、競争のレベルをとおり越している。
 今回の事故は、路線バスという公共輸送サービスではなく、あくまでツアーという「団体旅行」の形式をとっている。
 このような運賃(企画旅行のツアーの場合は旅行代金)は、大手の路線バスとは金額を違い、はるかに安い。
 大手のバス事業者は、安全面からも夜行便は2名乗務が当然で、途中で交代している。
 しかし、旅行会社(それも中小の)が企画するこのようなツアーバスは、中小零細のバス事業者にバス運行を委託する形式の団体旅行である。団体旅行だから規制もないに等しい。
 旅行会社は、バス会社に低価格を要求し、過当競争に陥っているバス業界は貸切バス料金を極限まで下げる。
 大手の路線バス業者は、安全面も一定のレベルを維持しているため、価格面ではまったくかなわない。
 金沢-東京間が3500円なんて、正常な価格設定ではない。
 世の中、物でもサービスでも、一定以上のレベルは維持しなければならない。
 昨今は、民間の価格競争で物が安くなりサービスも向上するという理論が当たり前のようにまかり通っている。
 不当な価格競争などを制御するために、法律や規制というものは存在する。
 しかし、小泉改革以降、それらの類のものは、競争性や新規参入を阻むという理屈で、ことごとく撤廃してきた。国民もそれを歓迎し、選挙の結果となってきた。その流れは今も変わっていない。
 バス事業や、タクシー業界の新規参入などがそうだ。
 それでよくなったのだろうか。
 近視眼的には、目の前の価格が下がったといういことで、みんなが喜ぶ。しかし、そのためのコスト削減のために、人件費や安全コストもどんどん切り落としてきたのが、現在の状況だ。負の部分、都合の悪い部分には目を向けず気づこうともしない。マスコミも目を背ける。だから国民は気がつかない。
 正常な対価を支払わなくなった日本は、労働者の切捨て、派遣の増加、給与の削減と、景気はどんどん悪くなってきている。
 そのことに気がつかず、よりいっそうの競争や更なるコスト縮減、無駄の削減が叫ばれている。それで景気がよくなるはずはない。そうやって国民が皆、足の引っ張り合いをやっている。役所の仕事も更なるコスト縮減をと、バカのひとつ覚えにマスコミは騒ぐ。
 どっかの市長はバカの一つ覚えに、民間活力だ民間の仕事は優秀だと、役所をバカにして敵にまわすことで人気を得ている。
 無駄とはなんだろうか。私は以前から何度も「無駄イコール余裕」であると言っている。コスト縮減と言う言葉は大嫌いである。そのセリフを聞くとイラっとする。しかし、企業も役所もその言葉が正義だ。反論すれば否定される。上から・・・・
 余裕があれば、正常の対価が支払われる世の中であれば、給与が上がり、その金が世の中をまわり、景気もよくなっていくというものだ。
 無駄が極限まで切り落とされていけば、それは糸がどんどん張り詰めるような世の中になっていくことと思う。張り詰めた糸はやがて切れる。自殺率が上がったり、会社がたくさん倒産したり、正社員が減り雇用が不安定になっている現代は、まさに余裕のない、張り詰め緊張しきった状態である。
 バス会社は生き残りのために極限までコストを下げた結果が、今回の事故原因である。しかし、バス会社やましてや運転手を単純に責めることはできない。コスト削減のツケが、現場の末端の運転手にすべてのしわ寄せが回ったのである。
 責任は、適正な価格よりも、競争による極限までのコスト削減の結果の価格を認めてきた、歓迎してきた、政治と国民にある。
 バス料金も、ここはこんなに安いから利用したみたいなことを平気で自慢する人を何人も見てきた。人は誰でも安い買い物をすると自慢するものだ。
 私は、あまりにも安い交通サービスには疑問をもってきた。JRや大手の運賃も努力の結果、抑えられているのは事実である。しかし、一定の基準を守るための最低限の原価というものは割ることはできない。しかし、中小零細企業は生き残りのため無茶をしてきた。
 人の命を直接預かる、公共輸送サービスの分野にはしっかりした規制が必要で、無秩序な新規参入や価格競争は法律で縛るべきである。レベルの低い業者は、規制により淘汰されていくべきである。
 東京-金沢の輸送サービスが3500円で成り立つということに疑問を持つべきである。新幹線や大手バスの運賃を高すぎると否定するのが間違っているのである。
 さて、最近は格安航空会社、LCCというのがはやってきている。しかし、根本の部分は過当競争にある高速バスと同じと思う。零細バス会社よりも、格安航空会社の方がはるかにまともだとは思うけれど、乗務員に清掃から窓口からなんでもやらせてコストを抑えていますとニュースでも言っていた。今回のバスの運転手と同じではないか。マスコミはそんなサービス競争を賞賛する。疑問の声は出ない。疑問の声があってもそれは放送しない、掲載しない。高い価格サービスに対しては「無駄がないのか」と文句は言うが。
 格安航空の輸送サービスの価格が適正であるのか、不当な設定であるのかは、今後、答えが出てくるだろう。
 公共輸送サービスを、ユニクロなどの物のサービスと同列で、競争やコスト削減を求めてそれを正義だとするのは大間違いであると声を大にして言いたい。
 もっともユニクロのやり方も、人件費の安い途上国で生産し、最近は店員もグローバル化だとか言って外国人も分け隔てなく採用するなど、国内の雇用や経済にはまったく貢献していないといえる。私は、正社員になりたい日本の若者を積極的に採用する企業を応援したい。
 英語を社内公用語にするなどと宣言するような企業には、公共サービスの分野には参入して欲しくない。コスト削減と競争こそが正義だ、正当な権利行使みたいなことを言って、結果として弱者が苦しめられることに気がついていないから。
 最後に、このようなバスの事故がおきても、乗用車での移動よりは死傷率はるかに低いであろうし、バスは鉄道と相対しても価格が安く、車と比べれば安全な乗り物であることは変わらないだろう。
 バスという輸送サービス分野が、今後も健全に発展していくことを祈っている。
   

Posted by よっぱらいくま at 18:10Comments(0)TrackBack(0)事故・災害