2012年03月16日

青函連絡船

今日は、明日からのダイヤ改正でなくなる列車たちのことを、ニュースでたくさんとりあげてくれています。
新幹線初代のぞみ号の300系、寝台特急日本海号などが、テレビに映っています。
300系を見送るたくさんの若い人たち。

私にとっては、いろいろな列車たち、古い車両が消えてきたけれども、一番の思い出、そして、一番好きだったのは、青函連絡船でした。

昭和63年3月13日に、青函トンネルの開業と同時に、青函連絡船はなくなりました。あれから24年が過ぎました。
私の年齢は48歳。ちょうど人生の中間地点で、青函連絡船はなくなってから、人生の半分の年月が経過したと思うと、感慨深いです。

青函連絡船がなくなった頃は、世はバブル景気の真っ只中。
バブル景気をとやかく言う気はありません。しかし、今の日本は、コスト縮減だなんだとみんな後ろ向き、給与が高い組織は叩かれ、足の引っ張り合いばかり。あの頃は勢いが、活気がありました。今の時代よりずっとましでした。

私にとって3月13日は特別な日、青函連絡船の命日です。親の命日は忘れても、毎年3月13日は忘れず欠かさず、青函連絡船をしのんで、自作のビデオを観ながら、酒を飲みます。
でも今年は、13日にはこだわらないで、要するにすっぽかして、今日、300系のニュースも見ながら、青函連絡船を偲んで、飲んでいます。さすがに最近は、こだわりもなくなってきました。

当時は、石原慎太郎が運輸大臣でした。私は、青函トンネルを通って青森から函館に着いた一番列車から降りる石原慎太郎を、函館駅で目の前でビデオに撮りました。

青函連絡船を知っているのも、今の40歳代以上なのが現実なんでしょうね。津軽海峡冬景色の歌詞の意味も、若い世代はわからないんだろうなあ。


Posted by よっぱらいくま at 19:51│Comments(1)TrackBack(0)青函連絡船

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この記事へのコメント
日本海と青函連絡船ですかぁ。。。
懐かしいなぁ。40年くらい前に仕事で何回か利用しました。
冬の荒れた海峡ではあの連絡船が揺れたことをもいだしました。
連絡船がなくなって24年にもなるんですねぇ。。。
Posted by 生田生田 at 2012年03月16日 21:58