2013年11月30日
時刻表1979年10月号その2
昔の時刻表を読んでいると、本当に楽しいです。
1979年、昭和54年の時刻表を適当にぱらぱらとめくりながら、思いつくまま。
昔の時刻表と今の時刻表は編集方針に違いがあります。
東海道本線でも山陰本線でも東北本線でも、すべてそうだけど、長距離優先のページ割りです。
昔は、東京から名古屋、名古屋から岡山、岡山から下関と、ページの順番は下りを通しに掲載していました。そして上りは逆に下関から東京までが通しで掲載です。
今は、東京-熱海は下り上りを同ページ併載で、熱海から米原は下りの次が上り、米原から岡山、岡山から下関と下りとの次が上りを掲載しています。長距離で通しのから地区別の考え方を優先しています。
これも、長距離需要から短区間エリアの需要に編集方針がシフトしてきたのでしょう。
山陰本線も、京都から米子、米子から門司を通しの順番です。
そんな山陰本線を見て。
急行列車がたくさんあります。「白兎」、「大社」、「石見」、「だいせん」、「ながと」、「ちどり」、「美保」、「つわの」、「あきよし」と、門司ー米子の上りのたった2ページ半にこれだけの種類が。
分割併合を繰り返す急行が多いのも特徴で、気動車編成の特性を駆使した車両運用が見られます。
「さんべ2号」は熊本始発で、下関から1編成はそのまま山陰本線へ、分割した編成は山陽本線を通り厚狭から美祢線を通って、長門市で再び併合してまた、1本の列車となります。両編成ともに1両ずつ指定グリーン車を擁したキハ58、28、キロ28の長編成気動車だったのでしょう。走行区間も熊本から鳥取までと、相当の長距離列車です。熊本から鳥取まで通しなんて、感動ものです。分割JRでは無理でしょう。このような設定は。
そういう意味では「大社」もすごい。出雲市を出て、山陰本線を通り豊岡から宮津線、小浜線を通り、敦賀から北陸本線、米原から東海道本線で終着名古屋を目指す急行でした。
上り、米子ー京都のページには、急行「丹後」、「但馬」、「だいせん」、「白兎」、「大社」、「砂丘」、「美保」、「さんべ」と、数多くの急行列車が走ります。
名列車は「まつかぜ4号」でしょうか。博多を8時15分に出て、終着の新大阪には21時18分着です。食堂車も連結した長距離気動車特急でした。今は2両編成のローカル特急に落ちぶれています。益田ー浜田間はちょうど昼食時間帯です。山陰本線の海がきれいに見える区間を食堂車に乗って景色を見ながら食事ができるなんて、最高の贅沢でした。今はどんなに金を積んでもそんな贅沢はできません。いや、JR九州の「ななつ星」でも金を積んで貸し切ってしまえば可能かな。
もうひとつの名列車は普通列車「山陰」でしょう。京都と出雲市を結ぶ寝台車も連結した夜行客車鈍行でした。
疲れたので、このへんで終わり。
1979年、昭和54年の時刻表を適当にぱらぱらとめくりながら、思いつくまま。
昔の時刻表と今の時刻表は編集方針に違いがあります。
東海道本線でも山陰本線でも東北本線でも、すべてそうだけど、長距離優先のページ割りです。
昔は、東京から名古屋、名古屋から岡山、岡山から下関と、ページの順番は下りを通しに掲載していました。そして上りは逆に下関から東京までが通しで掲載です。
今は、東京-熱海は下り上りを同ページ併載で、熱海から米原は下りの次が上り、米原から岡山、岡山から下関と下りとの次が上りを掲載しています。長距離で通しのから地区別の考え方を優先しています。
これも、長距離需要から短区間エリアの需要に編集方針がシフトしてきたのでしょう。
山陰本線も、京都から米子、米子から門司を通しの順番です。
そんな山陰本線を見て。
急行列車がたくさんあります。「白兎」、「大社」、「石見」、「だいせん」、「ながと」、「ちどり」、「美保」、「つわの」、「あきよし」と、門司ー米子の上りのたった2ページ半にこれだけの種類が。
分割併合を繰り返す急行が多いのも特徴で、気動車編成の特性を駆使した車両運用が見られます。
「さんべ2号」は熊本始発で、下関から1編成はそのまま山陰本線へ、分割した編成は山陽本線を通り厚狭から美祢線を通って、長門市で再び併合してまた、1本の列車となります。両編成ともに1両ずつ指定グリーン車を擁したキハ58、28、キロ28の長編成気動車だったのでしょう。走行区間も熊本から鳥取までと、相当の長距離列車です。熊本から鳥取まで通しなんて、感動ものです。分割JRでは無理でしょう。このような設定は。
そういう意味では「大社」もすごい。出雲市を出て、山陰本線を通り豊岡から宮津線、小浜線を通り、敦賀から北陸本線、米原から東海道本線で終着名古屋を目指す急行でした。
上り、米子ー京都のページには、急行「丹後」、「但馬」、「だいせん」、「白兎」、「大社」、「砂丘」、「美保」、「さんべ」と、数多くの急行列車が走ります。
名列車は「まつかぜ4号」でしょうか。博多を8時15分に出て、終着の新大阪には21時18分着です。食堂車も連結した長距離気動車特急でした。今は2両編成のローカル特急に落ちぶれています。益田ー浜田間はちょうど昼食時間帯です。山陰本線の海がきれいに見える区間を食堂車に乗って景色を見ながら食事ができるなんて、最高の贅沢でした。今はどんなに金を積んでもそんな贅沢はできません。いや、JR九州の「ななつ星」でも金を積んで貸し切ってしまえば可能かな。
もうひとつの名列車は普通列車「山陰」でしょう。京都と出雲市を結ぶ寝台車も連結した夜行客車鈍行でした。
疲れたので、このへんで終わり。
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