2020年02月13日
交直切換セクション 糸魚川-梶屋敷間
元北陸本線、北陸新幹線開業に伴い三セク化され、現在は「えちごトキめき鉄道」線となっている糸魚川-梶屋敷間には、交流2万ボルト60Hzと直流1500ボルトのセクションがあります。
この区間に乗って、どでかい黄色い切換関係の標識はよく観察したものです。
今回、大糸線から新幹線に乗り継ぎ金沢まで行く予定だったのですが、時間が余っていたので糸魚川で何をして時間をつぶすか思案したところ、このセクションがあることを思い出して、現地に行って見ることにしました。
鉄道マニアも末期症状になると、こんなところにも関心、興味を持ってしまうのです。
糸魚川から梶屋敷駅まで歩きました。線路際にはほどよく自動車の交通量の少ない、歩きやすい道があるので快適です。暖冬のため、糸魚川の市街地はまったく積雪はなし。このシーズンで雪でも降っていようものなら、道路の融雪設備から水を撒いているので、雪はべちゃべちゃ、歩くのは困難なのです。
歩き始めて15分くらい、 歩行者用の跨線橋が現れます。
その上から梶屋敷方向を見ると、黄色い標識が確認できます。
近くへ行くと
「突入!ヨーイ」勇ましいフレーズです。
列車の中からは一瞬のためよく確認できず、間近ではっきり見ると迫力です。
そこから先へ進むと、今度は「切換」の標識。
ちょうど、えちてつの気動車が横を通過していきました。えちてつは高価な交直両用電車はJRから引き継がず、気動車を新製して運用しています。だから交直セクションの存在は関係ありません。この設備は実質、JR貨物の電気機関車のためのものでしょう。詳しく知らないけれど、電化設備の保守はJR貨物がしているのかな?
その先にはこういう標識が連続します。
架線設備が複雑になってきました。
「交流」の標識が二重に。
「交流」の標識の背後がいよいよセクション区間です。
死電区間の始まり。
特殊な架線です。
セクション区間の先に、「直流」の標識が現れます。
反対側、糸魚川方面の上り線の標識は、
これだけです。
交流から直流への切換標識は、これでもかと注意喚起しているのに、直流から交流へのは切換はあっさりしています。
交流から直流、2万ボルトから1500ボルトへよりも、電圧が高くなる直流から交流区間への進入の方が失敗するとヤバそうだけど、交流から直流への切換ミス、冒進の方が車両機器へのダメージが大きいのかな?
国鉄型の485系や475系交直両用車に乗って切換区間を通過するとき、床下から「バコンッ」とかなりの音がしていました。同時にエアコンが止まり車内の照明も消えて、セクション通過を体感できましたが、最近の車両はエアコンこそ止まるものの照明は消えず、床下からの衝撃音もかすかでよほど注意していないとわからないしエアコンも静かなので、セクション通過は車内ではほとんど体感できません。
下り線、梶屋敷方向への最後の標識。
セクション区間終わり。
梶屋敷駅まで徒歩で1時間半くらいでした。
電気設備の建屋があります。直流設備でしょうか。
北陸トンネル工事を担当した、トンネル工事の名門「岐阜工事局」の文字が。
こういった表示には、まだまだ国鉄を感じます。
梶屋敷発の上り気動車まで時間があったので、近くの神社に寄りました。
無人でしたが中に自由に入れて、お守りなどが置いていました。
お参りして、説明のとおりお金を奉納して、お守りを頂き、おみくじもやりました。
結果は「大吉」、楽しい小旅行でした。
手水の説明看板が、なぜかロリ風です。
梶屋敷駅から一駅乗って、糸魚川へ戻りました。
梶屋敷駅はこちら。
気動車は空いていました。
車掌さんがすぐ来て、車補を発行してくれました。
さっき歩いて見た標識を、帰りの車内から撮りました。
そういえば歩いている時間も含めて約2時間以上、貨物列車を一度も見ませんでした。
その他の車上切換セクション区間を巡るのも楽しそうです。
常磐線、取手-藤代、北陸本線、敦賀-南今庄、羽越本線、村上の先、どこだっけ。村上-間島でした。
山陽本線、下関-門司間は門司駅構内なので近寄ることはできませんが、ホームの下関寄りの端に行けば見えるはずです。
その他にもいくつかありますが、思い出せません。
この区間に乗って、どでかい黄色い切換関係の標識はよく観察したものです。
今回、大糸線から新幹線に乗り継ぎ金沢まで行く予定だったのですが、時間が余っていたので糸魚川で何をして時間をつぶすか思案したところ、このセクションがあることを思い出して、現地に行って見ることにしました。
鉄道マニアも末期症状になると、こんなところにも関心、興味を持ってしまうのです。
糸魚川から梶屋敷駅まで歩きました。線路際にはほどよく自動車の交通量の少ない、歩きやすい道があるので快適です。暖冬のため、糸魚川の市街地はまったく積雪はなし。このシーズンで雪でも降っていようものなら、道路の融雪設備から水を撒いているので、雪はべちゃべちゃ、歩くのは困難なのです。
歩き始めて15分くらい、 歩行者用の跨線橋が現れます。
その上から梶屋敷方向を見ると、黄色い標識が確認できます。
近くへ行くと
「突入!ヨーイ」勇ましいフレーズです。
列車の中からは一瞬のためよく確認できず、間近ではっきり見ると迫力です。
そこから先へ進むと、今度は「切換」の標識。
ちょうど、えちてつの気動車が横を通過していきました。えちてつは高価な交直両用電車はJRから引き継がず、気動車を新製して運用しています。だから交直セクションの存在は関係ありません。この設備は実質、JR貨物の電気機関車のためのものでしょう。詳しく知らないけれど、電化設備の保守はJR貨物がしているのかな?
その先にはこういう標識が連続します。
架線設備が複雑になってきました。
「交流」の標識が二重に。
「交流」の標識の背後がいよいよセクション区間です。
死電区間の始まり。
特殊な架線です。
セクション区間の先に、「直流」の標識が現れます。
反対側、糸魚川方面の上り線の標識は、
これだけです。
交流から直流への切換標識は、これでもかと注意喚起しているのに、直流から交流へのは切換はあっさりしています。
交流から直流、2万ボルトから1500ボルトへよりも、電圧が高くなる直流から交流区間への進入の方が失敗するとヤバそうだけど、交流から直流への切換ミス、冒進の方が車両機器へのダメージが大きいのかな?
国鉄型の485系や475系交直両用車に乗って切換区間を通過するとき、床下から「バコンッ」とかなりの音がしていました。同時にエアコンが止まり車内の照明も消えて、セクション通過を体感できましたが、最近の車両はエアコンこそ止まるものの照明は消えず、床下からの衝撃音もかすかでよほど注意していないとわからないしエアコンも静かなので、セクション通過は車内ではほとんど体感できません。
下り線、梶屋敷方向への最後の標識。
セクション区間終わり。
梶屋敷駅まで徒歩で1時間半くらいでした。
電気設備の建屋があります。直流設備でしょうか。
北陸トンネル工事を担当した、トンネル工事の名門「岐阜工事局」の文字が。
こういった表示には、まだまだ国鉄を感じます。
梶屋敷発の上り気動車まで時間があったので、近くの神社に寄りました。
無人でしたが中に自由に入れて、お守りなどが置いていました。
お参りして、説明のとおりお金を奉納して、お守りを頂き、おみくじもやりました。
結果は「大吉」、楽しい小旅行でした。
手水の説明看板が、なぜかロリ風です。
梶屋敷駅から一駅乗って、糸魚川へ戻りました。
梶屋敷駅はこちら。
気動車は空いていました。
車掌さんがすぐ来て、車補を発行してくれました。
さっき歩いて見た標識を、帰りの車内から撮りました。
そういえば歩いている時間も含めて約2時間以上、貨物列車を一度も見ませんでした。
その他の車上切換セクション区間を巡るのも楽しそうです。
常磐線、取手-藤代、北陸本線、敦賀-南今庄、羽越本線、村上の先、どこだっけ。村上-間島でした。
山陽本線、下関-門司間は門司駅構内なので近寄ることはできませんが、ホームの下関寄りの端に行けば見えるはずです。
その他にもいくつかありますが、思い出せません。
この記事へのトラックバックURL
http://kumatetsu.mediacat-blog.jp/t138063