2017年05月02日

東海道本線 米原~彦根間の旧線

米原-京都間の東海道本線の通称「琵琶湖線」というJR西日本の呼び方にも違和感がなくなってきました。でも、米原駅での新幹線からや大垣方面からの在来線からの乗り換え時のアナウンスは必ず「東海道線、京都方面はお乗り換えです」と、JR東海は今でも頑なに正式名称を貫き、JR西の呼び方は使いません。何を意地はっているのかい、という感じです。結局、JR各社間の仲が今でも、基本的に悪い査証でしょうかね。乗客にとっての利便性、分かりやすさ、連携は二の次なんでしょうかね。
まあ、私も宇都宮線とか宝塚線とか嵯峨野線とかは今でも違和感がありますが。

以前、米原-彦根間に現存する旧線のトンネルのことを書きました。このトンネルは明治22年、東海道本線最後の開通区間にありますが、ここは元々は切り通しの開削部でした。開通後、度々土砂崩れに見舞われて不通になったことから、切り通しを埋めてトンネルにしたそうです。この山を通る龍神様が線路で分断されたことの怒りから災害が起こると言われたそうです。
その後、昭和31年の電化の際に現在線に付け替えられて、廃線となりました。

明治時代に建設された重厚な煉瓦積みの坑口が今でも確認できます。ネットには現地踏査をされた詳しいレポートもあります。皆さんここにたどりつくのには、相当苦労されているようです。
私はここを通る度に車窓から写真を撮ってみましたが結局、最初に撮ったものが一番良く撮れました。




これは駄作です。今年は厳冬期も草木が邪魔でした。



一方、彦根寄りには、たぶん旧線の架道橋と思われる小さな構造物があります。







すべて乗車する度に車窓から撮ったものです。これもたぶん旧線の構造物だと思います。
現地踏査に挑戦はしていませんが、写真で見る限り周辺は立ち入り禁止みたいです。



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